
ドラムの質感、現場感、他ジャンルとの融合――Mountainが語る、世界に通用するドラムンベースの作り方
昨年のPinkPantheressのブレイクをきっかけに再注目されているドラムンベース。90年代に全盛期を迎えたことでその人気は世界中に飛び火、2000年代には世界各地で現在もシーンの第一線で活躍する有名プロデューサーたちを輩出することになりました。
それから約20年経った今、ここ日本でも世界の舞台で活躍するドラムンベースプロデューサーが増えています。その中でも今、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍しているのが大阪出身、現在は東京を拠点に活動するプロデューサー/DJのMountainさんです。
Mountainさんは2017年にドラムンベースの名門レーベル〈Hospital Records〉から自身初の海外リリースを果たして以降、同レーベルの姉妹レーベルである〈Med School〉や、Andy C主宰のレーベル〈Ram Records〉など、数々の人気ドラムンベースレーベルからリリースを重ねてきました。
そして、今年3月にはPola & Bryson主宰のレーベル〈Soulvent Records〉より、待望のデビューアルバム『Mountain』をリリース。すでに同作はドラムンベースの本場UKでも高く評価されるなど、今後の更なる活躍が期待されています。
そんなMountainさんに改めてドラムンベースの魅力を語ってもらいつつ、アルバムの制作秘話やドラムンベース制作における実践的なテクニックなどについて、お話を伺いました。
ドラムンベースの魅力は「他ジャンルの取り込みやすさ」
ドラムンベースのどんなところに魅力を感じていますか?
僕にとってのドラムンベースの魅力は、他のジャンルの音楽の取り込みやすさです。基本的にドラムンベースのBPMはBPM174くらいですが、トラップやフューチャーベースもそのBPMに近いので、そういう音楽ともテンポ感で通ずるところがあるんです。
それと、ドラムンベースに限らず速いBPMの音楽の中に(数値的には)その半分のリズムが入ることがありますが、ドラムンベースの場合、特にその速いテンポのスピード感とゆっくりな感じがうまく混ざり合っているところがあって、そこも魅力のひとつだと思っています。
ドラムンベースは他のジャンルの要素も入れやすいとのことですが、そういったことはドラムンベースというジャンルにおいてはによく見られることなのでしょうか?
いや、むしろ逆だと思います。僕がドラムンベースというジャンルを意識するようになったきっかけはNetskyというプロデューサーの『2』というアルバムなのですが、この作品はいろいろなタイプのドラムンベースに加えて、ダブステップも収録されていて。
それでドラムンベースはこういうバラエティに富んだジャンルなのかなと聴いてみたら、基本的に他のドラムンベースのプロデューサーは、みんな同じ路線の曲しか作っていないことがわかったんです。その時に「自分はドラムンベース自体は好きだけど、なんとなくこれは違うな」と。
そういうことがあって、今は普段からできるだけ他のジャンルの曲も聴いて、そこからアイデアを引っ張ってくるようにしています。
ドラムンベースと「現場感」
最近ではCircus Tokyoでレジデントパーティーを持つなどDJとしても活動されていますが、ドラムンベースのトラック制作に興味を持ったきっかけはDJからですか?
いえ、元々DJを始める前にトラックを制作していました。それでデモができるたびにCircusのオーナーさんに聴いてもらっていたのですが、ある時にその方から「DJをやってみないか?」と誘われたことでDJもするようになりました。
ドラムンベースは、最近PinkPantheressのようなポップスの若い世代に“再発見”されていますが、そのことをどう捉えていますか?
僕はどちらかと言えば、あまりモロにドラムンベースという感じよりもポップな感じのほうが好きなので、PinkPantheressの曲は好きですね。これは実際にUKのドラムンベースのイベントに行ってみて思ったことなんですけど、現地のクラブだとやっぱり“イギリスのクラブ音楽”というか、低音はすごいけど、ウワ音が気持ちいい曲ってあまりDJはプレイしないんですよ。
そういう意味ではドラムンベースってすごく偏った音楽だと思うんですが、PinkPantheressの曲はクラブの現場感があまり強くないので、逆にみんなが聴きやすいものになっていると思います。それにおそらくドラムンベースをシーンの外に向けて広げていくというのであれば、そういうポップな感じも少なからず必要になってくると思っています。
日本とイギリス、コロナ以前と以後のドラムンベース受容の違い
日本とイギリスとではドラムンベースの受け入れ方にどのような違いがあると思いますか?
20年くらい前は日本でもすごく流行っていたと聞いていますが、僕がドラムンベースに興味を持ち出してトラックを作り始めたのはすでに人気が衰退していた時期なので、比較するのは難しいですね。ただ、そもそもイギリス人というかヨーロッパ人と日本人とでは文化的な違いが大きいし、それが音楽の楽しみ方にもかなり反映されていると思うんです。
例えば、ヨーロッパ人はレイヴで騒ぐのがすごく好きですが、日本人はどちらかというと静かに暮らしたい人のほうが多い印象が強くあるというか。そういった違いを現地のシーンを見た時にすごく感じました。
ちなみにMountainさんのレジデントパーティーに遊びに来る人にはどんな傾向が見られるのでしょうか?
ドラムンベースのことを知らない若者が大勢でフラッと遊びに来て、ワイワイ騒ぐ感じではあまりないですね。どちらかと言うと、ドラムンベースに詳しい人が多いというか、やっぱり日本だとどうしてもオタク感は強くなっちゃいます。ただ、その分コアな人が多いのは間違いないです。お客さんと話していても僕よりドラムンベースに詳しい人は結構いますしね(笑)。
ドラムンベースのプロデューサー視点での最近のシーンのトレンドも教えてください。
コロナ禍以前の現場がちゃんと動いていた頃は、ジャンプアップやローラーズのような、ノリがいいドラムンベースがすごく流行っていました。でも、コロナで一気に現場がなくなった後は、どのプロデューサーも割とそういった型に縛られなくなったというか、好きなように曲を作っている人が増えた気がします。その意味で今は何か絶対的なトレンドのようなものがないような気もします。
コロナ禍でクラブの現場が一気になくなったとのことでしたが、コロナ禍はご自身の音楽制作にどのような影響を与えたと思いますか?
僕個人としては、クラブの現場よりもリスニング環境の中で育ってきたので、正直そこまでコロナ禍の影響を感じませんでした。ただ、今回のアルバム制作の話をいただいたのがコロナ禍の最初の頃だったので、逆に現場がなくなった分、そこからがっつり制作に集中することができました。
コロナ禍で制作されたデビューアルバム『Mountain』
なるほど。では、そうして完成したデビューアルバム『Mountain』とはどのような内容のアルバムなのでしょうか?
僕にとってアルバム制作はひとつの目標でした。だから、今回はとりあえず自分の持っているアイデアを全て絞り出して作ったアルバムですね。ただ、今回はあまりアルバムコンセプトみたいなものは考えず、それよりもとにかくたくさん曲を作ることに注力しました。
その結果、5ヶ月で80曲くらいの曲が完成し、そこから自分で30曲まで絞り、さらにそれをレーベル側と相談しながら選別して、最終的にアルバムには14曲を収録することになりました。
どのような基準で曲を絞っていかれたのでしょうか?
僕の中ではクラブとリスニングの両方で機能することが曲の良し悪しを決める基準になっています。その良し悪しは、1度曲を作った後にしばらく時間が経ってからもう1回全体を通して聴き直すことで自然と見えてきます。今回もいつも通り、その基準を元にしながら、できるだけ“耳で聴いても気持ち良く、クラブの現場で鳴らしても違和感がない”曲を選びました。
『Mountain』は、特にどんなところにこだわって制作されたのでしょうか?
例えば「2011」という曲は、以前から作ってみたかったSub Focus路線の曲になっています。この曲は今回のアルバム収録曲の中で完成までに1番時間がかかった分、自分がイメージしていたものに近いものに仕上げることができました。
それと、アルバムにはドラムンベースとはまた違う曲も絶対に入れたいと思っていたので「Olive」というUKガラージの曲もあります。この曲はConductaやMJ Coleの曲を参考にしています。
Mountain式ドラムンベースの作り方
普段からどういったプロセスで曲を制作されているのでしょうか?
基本的にはコード進行を決めるところから始めて、まずウワ音を作ります。その後にそこからどんどん曲を発展させていく形で制作しています。
どういった機材セットアップで制作されているのでしょうか?
MacBook Proの他にaudientのオーディオインターフェース「iD4」、Native InstrumentsのMIDIキーボード「KOMPLETE KONTROL M32」、モニタースピーカーは「EVE Audio sc204」を使っています。DAWはAbleton Liveで、「Serum」「Spire」「Sylenth1」のようなソフトシンセを使っていますが、今回のアルバムでは特にベースとウワ音系の音を作る時にSerumを多用しましたね。あとはLoopmastersのサンプルパックもたまに使います。
ドラムンべースの肝となるビートはどのようにして制作されているのでしょうか?
ドラムパートに関しては、自分でキックの音を4つくらいレイヤーして、そこにコンプレッサーやEQをかけて音を加工したものなどが入った自作のキットがあって。それをいつも使っています。

ビートの打ち込みではどんなことを意識されていますか?
ハイハットやライド、クラッシュのようなトップス系の音はベロシティの強弱によって、かなり曲全体のグルーヴ感が変わってきます。なので、そういうところは普段から特に意識して打ち込むようにしています。
では、同じくドラムンべースの肝となるベースはどのように制作されているのでしょうか?
例えば、サブベースはAbleton Liveのプラグイン「Operator」のプリセットにあるサブベースの設定を自分好みに変えて使っています。その上で――サブベースに限らず――基本的にベースの音色は元々のソフトシンセのプリセットの音を自分好みのセッティングに調整したり、エフェクトで加工するような形で作っています。
もちろん、イチから自分でソフトシンセを触って音を作っていくのも良いと思います。ただ、僕はそこまでシンセに詳しいわけではないので、こういう形でプリセットの音を自分好みの音に近づけていく方が時短にもなるし、やりやすいですね。
ベースの打ち込みではどんなところにこだわっていますか?
今回のアルバムの収録曲「Sahara」では、スラップベースを入れてみたり、ディストーションをかけてみるなどしながら、音の高低差だったり、細かい音のスイッチングでグルーヴを作っていますが、いつもそういったベースの音の動きにはかなりこだわっています。
先ほどコード進行を決めるところからトラック制作を始めていると話されていましたが、ウワ音やメロディーを作る時はいつもどんなことを意識されているのでしょうか?
僕自身がどちらかと言えばリスニングで楽しめる音楽が好きなこともあって、普段からできるだけ聴いていて気持ち良くなるようなトラック作りを心がけています。
さっき名前を挙げたKOMPLETE KONTROL M32の「Smart Play」という機能を使えば、自分好みのコードやスケールの設定ができるので、色々設定を変えながらキーボードを弾いてみて、コード進行を考えます。そこで何か良い感じのコード進行ができたら、それを軸に曲を発展させていくという感じでやっています。
『Mountain』ではアルぺジエーターをうまく活用されている印象を受けましたが、普段からどういった設定で利用されているのでしょうか?
やはりKOMPLETE KONTROL M32のSmart Play機能を使っていますが、設定に関しては結構適当です。アップやダウンなどアルペジオのスタイルをイジりながら、そこで曲とマッチするものがあれば使ってみるという感じですね。
ちょっとコードっぽい弾き方に設定すると、いろいろな音階で音が流れるのでそれを録音しながら弾いていき、あとで良いなと思う部分を切り取って使う、といったこともしています。
これからドラムンベースを作りたい人へ
ドラムンベースをこれから制作してみたい初心者に、制作の向けてアドバイスをするとすれば?
最初は自分のオリジナル曲を作ろうとするよりも、とにかく自分の好きな曲をたくさんコピーするところから始めたほうが良いと思います。そうしていくうちに、ちゃんと1曲を作り上げる感覚が養われていくし、それがやがて自分の土台となり、オリジナル曲を作る時に役立つはずです。
それとドラムンベースの制作では、他のジャンルよりも作る音がプロっぽくなるのに時間がかかるイメージがあります。例えば、ヘッドホンで聴くと良い感じに聴こえるドラムの音でも、クラブのスピーカーで聴くと全然鳴っていなくて、プロの音と比べるとドラムの質感の面でかなり違うことが多いんです。なので、そこは難しいところでもありますが、まずはその辺りをできるだけ意識しながら制作していくことが重要になってきます。
その問題は音素材のクオリティが関係しているのでしょうか?
そうですね。これに関しては音の素材の問題もあるかと思います。ただ、それ以外にもグルーヴ感の問題も大きいですね。
例えば、日本にもセンスがいいドラムンベースのプロデューサーはいますが、それでもドラムの音だけに絞って聴いてみると、やっぱり海外ではあまり通用しないなと思うことがあります。なので、もし本場のUKや海外で通用するドラムンベースを作りたいのであれば、やっぱりクラブやフェスのサウンドシステムで鳴らすことを前提にした作り方にする必要があると思っています。そうしないと海外で受け入れられるような音の重心が低くて、ちゃんとしたグルーヴ感がある曲にはなり得ないような気がしますね。
では、日本のドラムンベースプロデューサーが本場イギリスや海外で認められるにはどのような“武器”が必要になってくるのでしょうか?
例えば、UKのシーンを見ていると割と自分が好きなように曲を作ったとしても、ちゃんとしたドラムンベースの曲になっている印象があります。でも、UKと日本では、そもそも音楽をやる環境だったり、作る環境がかなり違うので、同じようにやったとしてもUKのようにはならないと思います。
ただだからこそ、そこに日本のドラムンベースならではのオリジナリティを生み出すヒントがあるような気もするんです。もちろん、さっき話したようにドラムの質感など曲の土台となる部分では確かに本場に寄せる必要があると思いますが、それだけでは日本人が海外で認められるのは難しいはずです。
なので、“寄せているようで寄せていない”ようにするというか。海外で求められるドラムの質感などは当然押さえた上で、Makotoさんのようなシーンの大先輩がやってきたように、そこに日本人ならではのオリジナルな要素を付け加えていく必要があると思っています。
最後に、ドラムンベースをこれから作りたい人におすすめのチュートリアル動画やサンプルパックがあれば教えてください。
チュートリアル動画だとSub Focusの「Producer Masterclass」がおすすめです。この動画では、彼のヒット曲「Solar System」を使って、本人がドラムやウワ音など各パートごとにその作り方について解説してくれます。僕もそれを見て、ドラムだけでこんなにちゃんとグルーヴを作っているんだとか、こんな感じでベースを動かしているんだとか、そういった発見がたくさんあってすごく勉強になりました。
サンプルパックでは、Loopmastersで販売されているドラムンベースプロデューサーのUrbandawnのものがおすすめです。彼はそこで2つサンプルパックをリリースしているんですが、基本的に彼のパックに収録されているドラムの音はすごくクリアな音になっているので使いやすいです。自分で作ったらすごく時間がかかりそうなくらい細かく変化するベースのサンプルループも収録されています。全体的に面白い内容のパックだと思うので、一度試してみてほしいですね。
Urbandawn – Drum & Bass Vol 10
https://www.loopmasters.com/genres/15-Drum-and-Bass/products/6856-Urbandawn-Drum-Bass-Vol-10
Urbandawn – Duality Drum & Bass
https://www.loopmasters.com/genres/15-Drum-and-Bass/products/14359-Urbandawn-Duality-Drum-Bass
取材・文:Jun Fukunaga
Mountain プロフィール
2017年にDrum&Bassの名門レーベル〈Hospital Records〉から自身初の海外リリースを果たす。
他にもPola & Bryson主宰のレーベル〈Soulvent Records〉、Hospital Recordsの姉妹レーベル〈Med School〉、Sub Focus・Dimension・Culture Shock・1991のエージェントWorshipのマネージャーが主宰するレーベル〈Skankandbass〉等、幅広く数多くのリリースを重ね総リリース回数20回を超える。
そして2019年にAndy C主宰のレーベル〈Ram Records〉から日本人初のリリースを果たす。
BBC Radio 1のMetrikやRene La Viceが務める番組にて自身の楽曲をプレイしてもらう、Bass Music専門のYouTube Channel「UKF」に自身の楽曲がアップロードされる、Spotifyで世界最大のドラムンベースプレイリスト[Massive Drum & Bass]に自身の楽曲が追加される等様々なサポートをうける。
2018年にロンドンのFinsbury Parkで開催された12,000人規模のDnB Festival「Hospitality In The Park」に出演を果たし、2020年の冬にオランダ(High Tea Amsterdam; Metrik, Kanine, Monroe, T&Sugahと共演)、イギリス(Soul In Motion; Bryan G, GLXY, Malakyと共演)、ハンガリー(Bladerunnaz; メインゲスト)の3カ国にてヨーロッパツアーを成功させる。
現在はSoulvent Recordsの専属アーティストとして活動し、2022年3月4日にMakoto, Karina Ramage, Ruth Royall, In:Most, Kojoとフィーチャリングされた楽曲を含む全14曲が収録されたデビューアルバムをリリース。