2022.03.23

清 竜人インタビュー 音楽文化の発展に不可欠な権利意識・「作品ファースト」で長く活動を続ける秘訣を訊いた

既存楽曲のカバーを動画サイトなどにアップする「歌ってみた」は、今や新たなスターの誕生や名曲の掘り起こしにもつながる重要な文化だ。しかしインターネット上にあるものすべてが権利をクリアにされているわけではない。そもそも、そこには誰の、どういった権利が関わっているのか、明確に理解している人がどれだけいるだろう。

音楽クリエイター・音楽ファンの中には先日、シンガーソングライターで多数の楽曲提供も手がける清 竜人が、自身が作曲した楽曲のVTuberによるカバー動画に触れつつ「著作権」や「同一性保持権」について言及を行った一件を覚えている方も多いだろう。当該ツイートおよびそれに言及するツイートも含めると、総「いいね」数は1万を超える勢いを見せ、このトピックへの潜在的な関心がそれほど高かったことを窺わせる。

当サービスSoundmainは、ブロックチェーン技術を用いて音楽著作権周りの処理を円滑に行う仕組みを作るべく開発を進めている。その観点から、今回の一件はさらに掘り下げて考えるべきものと感じ、当事者である清 竜人へとインタビューを打診。音楽著作権への認識を深める一助になればとの思いで発信を行った清 竜人サイドからは、即座に快諾のご連絡をいただいた。

以下に掲載するのは何よりも音楽文化全体の発展を願ういちクリエイターの、音楽に関わるすべての人に向けたメッセージである。個性的なパフォーマーである清 竜人の活動の背後にある思考についても掘り下げているので、彼の人となりを知る上でもぜひ、最後までご一読いただければ幸いだ。

「コンサートホール」(2021, テレビ東京系ドラマ24「スナック キズツキ」オープニングテーマ)

新しい業界の人やアーティストほど、著作権について知ってほしい

今回の発信をされた経緯ですが、先方からアレンジ許諾の連絡が清さんのところに来なかったということが最初のきっかけとしてあったのでしょうか。

はい。私が今回の楽曲の著作権を譲渡している音楽出版社に対して連絡がなかったので、私自身も知りえなかったというところが端緒となっています。音楽業界の慣習として、お仕事としてある程度のスケールでやっているアーティストやシンガーの方が他の著作者の作品を利用してカバーやアレンジをする際には、基本的には音楽出版社にまず申請をして、著作者に連絡が行くという通例が存在しているんですけど、それが今回はなかったということですね。私の推察の部分もあるんですが、今回歌っていただいたようなVTuberの業界など、ある種新興の、最近盛り上がってきている業界はそもそも慣習が違うということもあるのかなとは思っているんですけど。

清さんの楽曲がこういう風にカバーされるということはこれまでもあったと思うのですが、今回のケースにおいて特にSNS上で言及されたのは、やはり影響力が大きい人だからといったところでしょうか。

そうですね。YouTubeの登録者数も20万人を超えている、普通の一般人というレベルではないのかなというスケールの方だったので。同じようなケースで過去に問題になったこともあるし、不快に思う著作者なり権利者がいらっしゃる可能性もゼロではないから、一応リスクヘッジとして、許諾申請したらほとんどの場合OKが出るので、申請だけはしておいたほうが安心じゃないかな、と伝えたかったところがありました。

メッセージでもその後に続くリプライでも丁寧にご説明したつもりではあるんですけど、大前提として私自身は今回の件で権利侵害されたとは思っていないし、彼女自身というか、アーティストの方を貶めるつもりも全くなくて。単純に音楽業界の慣わしとして、あとは法的な解釈としても、リスクヘッジとして許諾申請は行っておいたほうが安心かもしれませんよというところをメッセージとして発信することで、我々当事者はもちろん、この業界に注目されている一般の方々に対して、著作権というものに関しての関心度だったり、リテラシーだったりを少しでも底上げできるきっかけになればいいなというところが今回の趣旨でした。

想像していた以上にスケールも大きくなってしまったし、おそらく私がメッセージを発信したことで、先方も少し面食らわれてしまった部分があって、そこは少し申し訳ないとも思うんですけど……ただミクロじゃなくマクロで見たときに、やはりこういった何かしらのトピックがないと、誤った業界のリテラシーや、世間の人たちの周知にパラダイムシフトが起こらないというのは現実だと思うので。前向きに進めばいいなと思っています。

当該ツイートを拝見すると、「著作者の許諾を得てからの方が安心かも」という書き方をされていますよね。(著作者から権利を譲渡または管理委託されている)「著作権者」と書かないことによって、最初のツイートだけを見ると清さんご自身が「もし連絡があったとしても」認めないと言っているようにも見える部分があると思うんです。過去には「大地讃頌事件」という事件もありましたが……

「大地讃頌事件」の解説(骨董通り法律事務所)
https://www.kottolaw.com/column/000577.html
※骨董通り法律事務所は、著作権法を専門とする弁護士として著名な福井健策氏が代表を務める、「芸術活動を支援する法律事務所」。

この事件の当該楽曲は現代(クラシック)音楽ということもあって直接JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会、以下「JASRAC」)に管理委託をしていて、音楽出版社を噛ませていない案件だったからこそ余計こじれたところもあったんじゃないかと思います。ポップスだとだいたいの著作権契約は音楽出版社を介して行われることが多く、かつ基本的にJASRACは編曲権は管理していません。よって音楽出版社に編曲権が残る(=音楽出版社が編曲権の権利者となる)ケースがほとんどなのですが、この事件以降、カバーアレンジの際には音楽出版社への許諾申請をするということが改めて通例になったと認識しています。

今回の対応についてこの機会に補足させていただくと、ワンツイートであまり細かく著作権のことや著作隣接権のことをご説明するのは難しかったのと、一応その楽曲の著作者は私自身であったので、「著作者の同一性保持権」にフォーカスをして最初のツイートをさせていただいたというのが実情なんです。先ほど話題にも挙がった編曲権のことや、著作者と音楽出版社との関係も問題になる可能性があるよというところは、その後のご本人とのリプライの中でも少し触れてはいるんですが、そんなに長々とご説明するような状況でもなかったのでトピックを絞ったという次第で。結果的に「著作者」という部分がフィーチャーされてしまったところはあると思いますが、編曲権を有している著作権者の権利についても、もちろん大事だと思っています。

【用語解説】
※JASRACの公式サイトなどを参考にSoundmain編集部で作成

著作権と著作隣接権
著作権は知的財産権のうち、文化的な創作物を保護する権利。文化的な創作物とは「人間の思想、感情を創作的に表現したもの」のこと(文芸、学術、美術、音楽など)で、総称して「著作物」という。また、それを創作した人が「著作者」と呼ばれる。
著作権は、人格的な利益を保護する「著作者人格権」と財産的な利益を保護する「財産権」の二つに分かれる。著作者人格権は創作者(著作者)本人に紐づき、譲渡や相続はできないものである一方、財産権は通常の財産の概念と同じように、譲渡したり相続したりすることができる。
一方の著作隣接権は、詞曲などの創作者に与えられる著作権とは別に、「著作物の伝達に重要な役割を果たしている者」に認められた権利。日本では、「実演家(パフォーマー)」「レコード製作者」「放送事業者」「有線放送事業者」に与えられている。権利は、「実演(パフォーマンス)」「レコード製作」などが行われた時点で発生する。既存楽曲をYouTubeなどでネット配信する際にも、大きく関わる権利である。

同一性保持権
著作者人格権のひとつ。他人に自分の作った作品を無断で改変されることを認めないことができる権利。著作者が曲を作った際に望んでいた方向性や雰囲気、世界観などを、編曲や歌詞の書き換えによって勝手に変えることを禁止できるというもの。

著作者と著作権者
著作者は、著作物を創作した者。音楽作品の場合、主に作詞・作曲を行った者のこと。
著作者は作品のプロモートや許諾、使用料徴収などを行ってもらうために、音楽出版社と著作権譲渡契約を結ぶケースが多い。この契約時に著作権(財産権)が音楽出版社へと譲渡され、音楽出版社が「著作権者」となる。著作者人格権は第三者に譲渡することができないので、著作権譲渡契約の締結後も著作者(作詞家・作曲家)自身が持つことになる。つまり音楽出版社が著作者から譲渡されるのは、その財産権の部分である。
著作者から音楽出版社へと譲渡された著作権(財産権)の管理は、多くの場合JASRACや株式会社NexTone(以下「NexTone」)などの著作権管理事業者が行っている。このとき、音楽出版社から管理事業者に、著作権(財産権)がさらに移っている形になる。
しかしJASRACやNexToneでは、著作権(財産権)のうち編曲権(翻案権)の管理委託を受けていない(逆に言えば、これらの権利は音楽出版社に残る)。なので編曲について許諾を行うのは、JASRACやNexToneではなく音楽出版社ということになる。

ありがとうございます。ツイートへの反応をいろいろ見るに、やはり「著作者」というのと「著作権者」というものが法律上は違うということだったり、その権利が管理団体なり音楽出版社に「移る」という仕組みだったりが、一般的に難しいところなんだろうなと感じました。ちなみに業界内においても理解が進んでいない……ということをリプライの中でおっしゃっていましたが、具体的にどういったことなのでしょう。

これは話し始めるときりがないんですけど……例えばインタラクティブ配信に関してだったり、最近だとYouTubeでの収益化だったりに関して、仕組みを理解している側ほど損をしてしまうという状況が少なくなくて。

実は自分も2020年からYouTubeにカバー動画を上げるシリーズを続けていて、自作曲のセルフカバー以外はすべての楽曲について音楽出版社に許諾を取っているんです。

カバー動画シリーズ「ミッドナイト・カバーソング」。2022年3月現在、その投稿数は40を超える

でも、そこで許可が下りないケースというのが結構あるんですよ。詳細に理由を教えてもらえないので推測も含まれるんですけど、例えばカバーを許諾することでオリジナルが新たに数万枚売れることが見込まれるようなアーティストだったらOKを出そうとか、逆にこれぐらいの規模感のあるアーティストだったら許諾を出すことでオリジナルが食われてしまうからNGを出そうとか、そういう判断基準になってしまっている部分もなきにしもあらずなのかなと感じます。実際に私が音楽出版社にカバー申請を出してNGが出たものを、ある程度の規模感のある人が普通にカバー動画としてYouTubeにアップしていたりするので。私はある種、馬鹿真面目に申請しているからNGが出てしまうという……藪蛇の部分があります。でも、カバーする人のアーティストとしての規模感って、本来ならば権利と全く関係ない話じゃないですか。

あと、たまに音楽出版社から「YouTubeにカバー動画を上げるのはいいけど、マネタイズはなしにしてください」と言われたりするんですけど、マネタイズの権利ってそもそも音楽出版社が有していないので、そんなことを言われるのは本来お門違いなんです。言えるとしたら配信利用についての管理を委託されているJASRACやNexToneなどの団体が、著作権(財産権)を理由に言えるという話で……でも編曲権を持っているのは音楽出版社だから、理由づけとしては変なんだけど、(編曲の許諾条件を理由に)駄目って言われたら飲み込むしかないということがあったりするんですよ。

なるほど……。

話を戻すと、ともあれほとんどのケースにおいて音楽出版社が編曲権を有していて、著作者が同一性保持権を有しているという形になっている。そして同一性保持権に関してはボーダーラインが曖昧な部分があるので、リスクヘッジという意味合いで許諾申請をしておいたほうがいいよね、ということを今回の件ではお伝えしたかったというわけです。

あと付け加えておくと、こういった権利周りにはいわゆる裏方の方々の認識だけじゃなくて、アーティスト側の問題もあるなと思っていて……。これは私自身の捉え方ですけど、アーティストってやはりある種、夢を買われる仕事だと思うんです。極端な話、自分が音楽を作ってその音楽がレコード会社からリリースされて世の中に広まっていくというそれだけで、この仕事のやりがいがあるんですよ。

つまりお金じゃないところの価値がありすぎて、お金の部分に関してまったく執着をしないというアーティストが少なからずいて。そこをある種利用される……と言うとちょっとトゲがありますけど、そこに完全に目をつぶっているからこそ、なすがままにレーベル側とか、音楽出版社側の提示するものに首肯してしまっているという部分があると思うんです。だからこそ特に影響力があるアーティストほど、そこに対して疑問を持つことが今後の音楽界にとってすごく大事なことだなと。我々アーティスト自身、ミュージシャン自身のリテラシーを底上げしていくことも、すごく大事なことだと思っています。

グレーゾーンな部分も大きい「同一性保持権」と「編曲権」

清さんが著作権について考えを深めるきっかけになった出来事などはあったのでしょうか。

5,6年ほど前に、自分自身の契約更改のことだったり、著作権契約の満了だったりがちょうど重なった時期があって。その辺りからもう少し踏み込んで、自分が置かれている立場だったり、自分が有している権利のことをちょっと精査しようと思い立って、個人的にリサーチを始めたり、著作権を専門にされている弁護士の方とコミュニケーションをとったりするようになって、少しずつ理解を深めていきました。

同一性保持権についてはいかがでしょうか。著作者人格権と言われる権利の一部だけあって、著作権よりもさらに個人差や「場合による」という側面が大きいですよね。

おっしゃるように同一性保持権ってある種グラデーションというか、ボーダーラインが正確に決まっているわけではないんです。「編曲」のボーダーについては過去に「記念樹事件」と言われる事件の裁判で「新たな創作的表現」が加わっているかどうかが判断基準になるという記載が残ってはいるんですけど、これにもいろいろな解釈があって、「新たな創作的表現」ってどんなものなの、どこからそれは認められるのというボーダーラインは、明確に判例として残っているわけではないんですね。

「記念樹事件」の解説(骨董通り法律事務所)
https://www.kottolaw.com/column/000051.html

実際にはほとんどのケースにおいて、著作者や著作権者、編曲権者が問題にしたり不快に思ったりすることはないと思います。かつ、このご時世YouTubeをはじめとしたプラットフォームが数限りなくある中で、いわゆるお仕事として音楽をやっていない一般の方々のカバーって、山ほど上がっているじゃないですか。それらをいちいち全て権利者に申し合わせるなんて非現実的極まりない話で……だからこそ現実と規則が乖離してしまっている部分も少なからずあると思うんですけど。

ですので、繰り返しになりますが、今回の件も、そうやってそれぞれ解釈が異なる可能性があるからこそ、リスクヘッジとして編曲権を持っている著作権者と、同一性保持権を有している著作者に許諾申請しておく方が安心かもねという話だったんです。

清さんが初めて自身以外のアーティストに楽曲提供した堀江由衣「インモラリスト」(2011)。

清さん自身がこういうカバーだったら嬉しいなとか、逆に自分自身が他の方のカバーをするときに、どういう自分流のアレンジを加えるかといったボーダーラインをお聞きしてもよろしいですか。

著作者、つまりクリエイターは誰しも多かれ少なかれそうだと思うんですが、やはり自分が作った曲を誰かがいいと思ってくれて、自分も歌ってみたい、カバーしてみたいと思ってくれるって、ひとつ冥利に尽きることなんですね。大前提としてすごく嬉しいし光栄なことで、だから私自身も基本的に問題ないと思っているんですけれども。

その上でやはり歌詞やメロディーラインを著しく変えるとか、それは歌い間違いってレベルじゃないよねということに関して、やはりこれはさすがに心配になるよねという共通認識はこの業界にもあると思うんです。法律家の方々の認識としてもあると思うんですけど、なんとなく共通認識として出来上がっているだけで、実際に判例が伴っているわけではない。

私自身の人間的な感覚で言うと、編曲権者並びに著作者への申請をせずに、著しく歌詞や構成、メロディーを著しく変えたりしているのを見かけたら、著しい侵害だなとは感じると思います。

通称「森のくまさん事件」と言われている、パーマ大佐さんというお笑い芸人の方が作詞家の方に問題提起をされて、折衝があったという例もありましたけど、例えば私の曲が、本当に元と全然違うような形で、歌詞も全く違う、メロディーもちょっと変わってしまっているみたいな形でいきなりテレビで流れていたら、一応主張はするかなと思いますね。

「森のくまさん事件」の解説(骨董通り法律事務所)
https://www.kottolaw.com/column/001413.html

清さんは作詞・作曲だけでなく編曲も手がけられますが、ご自身の編曲権についてはどうお考えですか。

よく議論されることですが、いわゆる業界で広く認識されている「編曲」という概念と、法的なそれとのラインには齟齬があるという話があります。先ほどお話ししたように、「新たな創作的表現」がなされたというのが法的な「編曲」に当たるんですけど、じゃあ「新たな創作的表現」というのがどこからなのかというのはルールが定まっていない。音楽業界内での「編曲」は、メロディーに対してのサウンドアレンジみたいなところで捉えられている部分がありますが、法律的な観点から、編曲もメロディーに対する「新たな創作的な表現」だろう、という考え方をお持ちの法律家の方もいて。結局、それぞれの解釈になっちゃうよねというのが実情だと思います。

あくまで私個人の考えとして言えば……ポップスの場合もちろん、メロディーと歌詞があってこそなんですけど、特に昨今の制作においては、それを彩るサウンドアレンジがものすごく大きな役割を占めているし、楽曲を構成する大きな要素だと思うんですね。だからそれがある種、全く違う音になってしまったりとか、同じような音階をなぞっていたとしても、著しく印象が変わってしまうという部分に関しては、編曲権に抵触するという考え方でもいいんじゃないかなと思っていますね。それぐらい編曲というものが、メロディーや歌詞に与えるイメージは大きいと思うので。それを「新たな創作的表現」というところに少しクロスオーバーするという考え方でもいいんじゃないかなと。

今年の元日から改正著作権法も施行されましたけど、実態に合わせて柔軟に法解釈や法整備も行っていくべきなのかなと感じますね。

清 竜人が考える、長いアーティスト人生を送るための意識

作曲と編曲の工程についての話が出ましたが、清さんは年末に公開されたインタビューの中で、

「音楽の場合、販売する音源に落とし込むまで作詞、作曲、編曲、ミキシング……とさまざまな工程があるんですけど、1人で全部やる人もいて。全部やるという良さもあるんですけど、工程ごとに使う脳が全然違うんです。各工程でマインドやスタンスなどのモードを変えていかないと、クオリティが下がってしまうことがあって」

ELANESPOIR 清竜人 × イリエナナコ − THE MULTISENSE vol.5 │ QUI – Fashion & Culture media

とおっしゃっていましたよね。この「1人で全部やる良さ」と、一方で「各工程でマインドやスタンスなどのモードを変えていかないとクオリティが下がってしまう」ということについて詳しくお伺いできればなと。

これはクリエイターによってそれぞれ考え方の異なる部分で、かつ非常に重要な部分でもあるかなと思うんですが……この仕事を十数年やってきて思うのは、1人でできるクリエイティブにはやはり限界があるということで。引き出しの数という意味でもそうなんですけど、本当に音楽を始めて間もない頃って、その時しかない輝きであったり、アイデアの泉だったりがあるので、1人で全ての工程を行うこととすごく相性がいいんですね。でも経験年数、活動歴が重なれば重なるほど、1人の人間が全く違う感性で物事に取り組んだりそれを形にしたりすることって、思っているほどできないと感じるようになってくるというか。

デビュー曲「Morning Sun」(2009)。この頃より一貫して作詞・作編曲・セルフプロデュースを行ってきた

私はやはりクリエイターたるもの、良い作品を世の中に出していくということを第一に考えなくてはならないと思うんです。それはリスナーに対する責任でもあるし、この仕事をする上での、大げさな言い方をすると使命だろうなと。だからこそ、最終的なアウトプットの作品の点数を上げるために、たとえばトラックダウンは他の人に任せたほうがいいんじゃないかとか、この作品の作詞を自分がやったら過去の刷り直しみたいになってしまう可能性があるから違う人に依頼しようとか、作品ファーストで物事を考えることが大事だなと。そして活動歴が重なれば重ねるほど、そういうケースが増えてくるんじゃないかというのが私の持論なんですね。

そういったときに、「いや、俺はやはりこだわりを持ってすべて自分でやりたいから」という人がいてもいいんですけど、それで結局点数が変わったら元も子もない。必要に応じて関わり方を変えられる、そこを俯瞰でコーディネートできる人が私は優秀なクリエイターだと思うんです。特に長い期間、第一線に立って活動するにはそれが重要な感性なのかなと思っています。

YouTubeやTikTokで作ってすぐ配信とかもできる環境になっている中で、1人で行けるところまで行こう、みたいな価値観がデフォルトになっている気もしているんです。そういう時代性を清さんがどう思っていらっしゃるのかということと、清さんご自身がどういう表現をこれからされていこうと思われているのかお聞きしたいです。

まず時代の大きな流れとしては、私はすごくいいと思っていて。今まで世に出ていなかった才能が世の中に出て来られているということもありますし、例えば今までは人を集めてスタジオに入って、何か音源を作ってという工程を踏まなければいけないといった固定観念がどんどん崩れてきていて、1人でもパソコンひとつで、すぐYouTubeなどのプラットフォームを通じて世の中に対して提示することができるというのは、音楽、ひいては芸術分野全般の発展に大きく寄与していると思うので。

清さんは今年、YouTube世代のアーティストとして注目を集める「小林私」の楽曲プロデュースも手がけた

ただ、もちろんこれはシーンにもよるので一概には言えないですけど、今の環境で流行っている音楽性が10年後20年後、恒久的に続いていくのかと言われると、そこは疑問符が付く部分かなとは思うんです。さっきの話にもつながりますけど、クリエイター自身が「その時代だけの」アーティストやクリエイターにならないためにも、時代の文脈をもちろん日々感じとりながら、制作方法も少しずつ俯瞰して変えていくということは、生き残るためにも必要になってくるんじゃないのかなと。ミクロとマクロの視点を常に持つのが大事だと思います。

Soundmain Blogではアーティスト個々人がどう自分の「ドメイン」を運用していくかということもテーマにしています。清さんの今までの活動を見ていくと、表に出ている清 竜人というアーティストのイメージが非常に千変万化しているというか、「清 竜人」をどう打ち出していくか、というのを俯瞰で捉えて、フェーズごとに意識的に変えてきているところがあると思うんです。

確かに一般的なアーティストの活動に比べると著しく変化があるタイプかとは思うんですけど、もちろん作品ファーストで考えつつ、そして清 竜人というアーティストの遍歴にとってもいいものになるように、パフォーマンスやビジュアルイメージの変化も考えているんです。

2014~2017年はプロデューサーである自身をメンバーに含む“一夫多妻制アイドルユニット”清 竜人25として活動
清 竜人25の活動終了直後には、観客も“メンバー”として巻き込むプロジェクト「TOWN」を展開

これは私自身の感覚なので、もしかしたら伝わらない部分もあるとは思うんですけど、新しいことをするときには「自分が気を衒わないとできないことはしないようにする」というルールを決めていて。新しく手を出しても絶対に自分のものにできない分野やクリエイションには手を出さないように、本当に慎重にボーダーラインを引いているんです。人によっては取っ散らかっているように見えるかもしれないですけど、最低限の自分の感性的なルールや計画がある中でいろんなパフォーマンスをしていて、それが自分のその時々の「現在」のアーティスト性に繋がっていると思っています。

なるほど。そうして歩んで来られた現在地として、現在はいわゆるシンガーソングライター的なところに回帰した作品を準備中なんですよね。

そうですね。自分はいわゆるシンガーソングライター然としたアーティストイメージでメジャーデビューをして、そこからいろいろと変化を重ねて2014年以降はグループ(清 竜人25)での活動があって。ここ数年はミュージシャン、シンガーソングライターというよりは、どちらかというとエンターテイナーというか、タレント性の強い作品を世の中に出してきました。それはそれで私自身の一面としてすごくいい表現ができたと思っているんですけど、一旦そういった一面からは少し離れて、私自身のオーセンティックなソングライターとしての魅力だったり、シンガーとしての魅力みたいなものだったりを表現していくフェーズにできたらいいかなと。清 竜人としての遍歴として、今はそういうフェーズだなと思っていますね。

最近はテレビコマーシャルのナレーションを担当させてもらったり、舞台音楽の監督だったり、もともと私がやってきていた活動とはクロスオーバーしつつも少し違う畑のクリエイションに携わる機会をいただくことが増えてきているんです。ある種受動的に広がっていったところもあるんですけど、ミュージシャンが音楽活動に留まらない発信をしやすくなったこの時代に、音楽ではない部分に関しても幅を広げていくのは、クリエイターとしてとてもいいことなんじゃないかなと思っていて。自分自身のモード的にもご縁的にも、自然とスケールが広がっていっているのが現状ですね。

最新楽曲「離れられない」(2022)は同楽曲を“原作”とするショートフィルムも制作。自身で監督・主演を務めた

「いい曲」とは何か、という終わりなき旅の向こうに

ではそろそろ締めの質問にさせていただこうかと思うんですけれども……ずばり、清さんにとって「いい曲」って何でしょうか?

私自身もちろん旅の途中なんですけど……「いい曲」とは何かというのは、すべてのアーティスト、クリエイターが死ぬまで答えを模索するものだと思うんですね。その道中で生み出したものが、何かその時代だったり、世の中の空気だったりとうまく化学反応を起こすとヒット曲に繋がるのかなと。

自分自身がすごくいいと思った曲を出してみたら意外と反応が薄くて、ライトに作ったものがすごく評価されるとかって往々にしてあるんですよね。山下達郎さんの「クリスマス・イブ」とか、松田聖子さんの「Sweet Memories」とか、元々そこまで大きく注目されてなかった楽曲が、コマーシャルのタイアップで一気に世の中の名曲にステップアップするみたいな例はたくさんある。だから本当にいろんな要素が重なって、世の中で定義される「いい曲」というものに仕上がっていくんだろうなとは感じていて。

ただポップスに限って言えば、やはりたくさんの人々がその曲を聞いて喜んだり、悲しんだり、感性が豊かになったりというところは、すごく大事なことだと思います。長いアーティスト人生の、すべての時代においてそれを目指さなくてはいいと思うんですけど、やはりこの仕事に携わるからには、多くの人にいいと思ってもらえるように考えて楽曲を作ることは大事なことだなと。なので、私にとっての「いい曲」というのは、決して1人では作れず、いろんな要素が重なった上で結果的にたくさんの人にそういうふうに認知されるというものかなと思いますね。

ただ、今「たくさんの人」と言ったときに、以前はCDの売上枚数というところだけがフィーチャーされていたのに対して、動画の再生回数とか、いろいろなデータが出てくるようになって、評価される指針も細分化されてきていますよね。そこは現代の、良くもあり悪くもある現状なのかなと思います。

その話を聞いて、ぐっと最初の話に戻るところもあるなと思いまして。それこそカバーとかによって再発見されて、リバイバルヒットするみたいなことも起こりやすくなったのが今なんですよね。

そうですよね。いい曲なんだけどある種誰にも気づかれていなかった曲が、いろいろなきっかけで本当の意味での「いい曲」になっていくみたいなことって、これからの時代は特に多くなると思います。自分自身すごくいい曲ができたと思ったのに、あまり世の中に響かなくてショックを受けたような作品が、テクノロジーの進化によって世の中に発見されて、アーティストとクリエイターのモチベーションに何かつながるといったような流れができればいいですよね。

ただ、そうなったときに「だったら権利とかを主張しないで、自由にカバーさせたほうがいいんじゃないか」という考えが出てくるかもしれない。

そこは本当に難しい部分であると思うんですけど、やはり極論に走るべき問題ではなくて。時代時代に応じて、しっかりといろいろな考え方をぶつけ合って、法律の整備にしても、業界内のイデオロギーにしても、醸成していくことが建設的だと思います。

当たり前ですけど、著作物を保護するということ、著作者、著作権者の権利を考えることはすごく大事です。それらが守られているからこそ、この世の中にアーティストやミュージシャンという仕事というものが成立しているわけで、その大前提を忘れないようにしていただきたいなとは思います。

その上で、広い意味での芸術分野、音楽分野の発展というところに、我々クリエイター自身も寄与していきたいという気持ちは間違いなくあります。ですので、カバーのような著作物の利用の部分を含めて、時代に応じた規制の緩和などを前向きに検討していきたいよねといったところが、今出せる一番前向きな答えなのかなと思っています。

Soundmainのサービスを通じて、我々も頑張っていきたいと改めて思わされました。本日は誠にありがとうございました。

取材・文:関取 大(Soundmain編集部)

「清 竜人 弾き語りTOUR 2022」

4/8 (金) 愛知 千種文化小劇場
開場18:30 / 開演19:15

4/10 (日) 大阪 ザ・フェニックスホール
開場17:00 / 開演18:00

4/16 (土) 東京 草月ホール
開場14:30 / 開演15:15【追加公演】
開場18:00 / 開演19:00 SoldOut !

チケット:前売¥7,000
取り扱い:チケットぴあ ※電子チケットのみ

一般販売(先着)
各公演前日 23:59まで発売中!

URL:https://w.pia.jp/t/kiyoshiryujin/

清 竜人 プロフィール

大阪府出身、1989年5月27日生まれ。
2009年3月、シングル「Morning Sun」で東芝EMIよりメジャーデビュー。赤裸々でストレートな歌詞が口コミで多くの人の共感を集め、3rdシングル「痛いよ」によってその評価を決定付けた。その後6枚のシングルと6枚のアルバムをリリース。
2014年レーベルをトイズファクトリーに移籍。清 竜人とその妻6名で構成される一夫多妻制アイドルユニット「清 竜人25」を結成、自らもプロデューサー兼メンバーとして活動を開始する。アイドルの固定概念を覆す全く新しいエンターテインメントとして人気絶頂の最中、2016年11月に解散を発表。2017年6月には「清 竜人25ラストコンサート」を幕張メッセイベントホールにて開催、活動に幕を下ろした。
2016年12月、新プロジェクト「TOWN」を発表。清 竜人とリスナーとの関係性が、単なる演者と観客ではなく、同じ目線でライブを楽しむというコンセプトのもと、バンドメンバー(お客)のために楽曲はすべてフリーでダウンロードができ、ライブも観るも参加(演奏)するも無料と言う破格の内容が音楽業界に衝撃を与える。
2018年、レーベルをキングレコードに移籍、約5年ぶりにソロ活動を再開する。シングル曲「平成の男」や吉澤嘉代子とのデュエット曲「目が醒めるまで」をリリースしたのちの令和元年5月、アルバム『REIWA』をリリース。ミッキー吉野、井上鑑、原田真二、瀬尾一三、星勝などの昭和歌謡黄金時代の大御所作家たちが編曲で参加、平成元年生まれの清 竜人とコラボし新しい時代(令和)にリリースされた作品として話題となる。
2019年12月、根本宗子が演出を務める舞台「今、できる、精一杯。」に主演&音楽監督として参加。新国立劇場で上演され、俳優として舞台初出演を果たした。
自身の作品のみならず、上坂すみれ、神宿、キズナアイ、田村ゆかり、でんぱ組.inc、中島愛、堀江由衣、ももいろクローバーZ、りぶ、など多くのアーティストに詞曲を提供していく中、2020年5月、提供してきた楽曲をセルフカバーしたアルバム『COVER』をリリース。
2020年7月、生田絵梨花、海宝直人主演のミュージカル「Happily Ever After」の作詞・作曲/音楽監督を担当。
2021年、TVアニメ『IDOLY PRIDE』のOPテーマソング、LOTTE Ghana CMソングの作詞、作曲、編曲を担当、パナソニックTVCMでのナレーションを務めた。同年3月にソニー・ミュージックレーベルズへのレーベル移籍を発表。移籍第一弾シングル「Knockdown」はテレビ朝日系2週連続ドラマ『殴り愛、炎』の主題歌となる。9月には自身初となる地上波連続ドラマシリーズの主題歌書き下ろし曲「コンサートホール」が原田知世主演のテレビ東京ドラマ24『スナック キズツキ』のオープニングテーマに決定した。
2022年1月には小林私「どうなったっていいぜ」の楽曲プロデュースおよびミュージックビデオの監督を担当。2月には自身の楽曲「離れられない」を原作とし、監督・音楽・主演も務めたYouTubeソーシャルドラマ『HANARE RARENAI』が公開となるなど、活動の幅を広げている。

■オフィシャルサイト:http://www.kiyoshiryujin.com
■清 竜人Twitter:https://twitter.com/ryujin_kiyoshi
■清 竜人マネージャーTwitter:https://twitter.com/kiyoshiryujin
■清 竜人Instagram:https://www.instagram.com/kiyoshiryujin/
■清 竜人 YouTube Official Channel:http://www.youtube.com/c/kiyoshiryujinSMEJ