音楽プロデューサーWatusi (COLDFEET)
2019.11.19

Watusi(COLDFEET)が語る、クリエイターが世界に出て行くために必要なこと(インタビュー 3/3)

安室奈美恵や中島美嘉の作品を手掛け、自身としてもCOLDFEET名義で活動する音楽プロデューサーWatusi。最近活動20周年を記念し新作アルバム『Core』をリリースした彼に、制作環境の変化や海外マーケット、また新たなトレンドが生む新規ビジネスモデルなどを語ってもらった。 

今回は、日本の音楽家が世界に出て行くために必要な心構えについて語る最終回をお届けします。

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東京から世界に発信できる音楽を作ろう

COLDFEETは海外でのリリースも多いですが、最初から海外を意識していたのでしょうか。

COLDFEETは、東京から世界に発信できる音楽を作ろうという気持ちで作った。きっかけは様々あったんだけれど例えば、富家哲という友人の言葉。

英mixmag誌が運営するThe Lab NYCでの、富家氏のライブ映像

彼はDef Mix Productionsのメンバーで世界的に有名なプロデューサーでありDJだけど、あるとき彼から「僕はニューヨークとパリにスタジオを持って活動しているけど、ニューヨークにいるとロンドンやパリで先週どんなパーティがあったか、どんなことがいまトレンドなのかがよく分かる。

ロンドンに行ってもパリに行っても同じようによく分かる。でも東京に来ると、東京の人はロンドンやニューヨークのことを知っているんだけど、世界中のだれも東京で何が起きているか知らないんだよ」と言われた。内外の友人知人達のこうした話にもすごく打たれたんだよね。

音楽プロデューサーWatusi (COLDFEET)

海外では複数の人が共同で曲作りを行う「コライト」が主流だったりしますね。

コライトは日本でも昔から行われていたものだけど、今後はより進んでいくと思う。欧米の、特にアメリカのヒップホップ/R&Bの作品に記されているクレジットを見ると5人くらい当たり前のように並んでいて、それぞれの特化したスキルを生かして曲作りしていることを考えると、分業を進めていかないとなかなか太刀打ちできない事情もあるしね。

Bruno Mars – Finesse (Remix) [feat. Cardi B]
ブルーノ・マーズ含め10人以上のライターで共作されている。

また音作りに徹する「サウンドデザイナー」という職種が確立してたりと、分業化が更に進んでいるような気がします。今後日本でも同じ流れになると思いますか?

そう思う。様々なジャンルの楽曲の制作、アレンジからそのスケジュールまで気にしなくてはならないプロデューサーが作るリズムトラックと、そのジャンルのスネアの音色1つ、キックのアタック1つに命をかけている職人中の職人が作るリズムトラックでは、かけられる時間も集中力も変わってくるの当然なので。

日本のシーンは5年から10年は遅れてしまったと思う

インターネットを介することで、よりグローバルな分業も進みそうです。 

うん、僕は特に今、東南アジアとの結びつきを深めていきたいと考えていて。8年ほど前にフィリピンの音楽番組に呼ばれて、深夜にDJをしたりクラブ巡りをした時にもうこれはヤバいなと感じたんだよね。

深夜の1時に800人規模のクラブの入り口には入りきれない人が200人くらい行列になっていて、フロアがもうとんでもない熱気だった。驚いて「今マニラにクラブはどのくらいあるの?」って聞いたら「ちゃんとダンスクラブって呼べるものは精々70か80くらいだよ」って(笑)。

またインドネシアでもDJしたり、ジャカルタで開催されてる「Java Jazz Festival」に出向いたり、なんだかんだと毎年の様に通い詰めてる。

最初に「Java Jazz Festival」誘われた時に「アジア中の音楽関係者が集まるので名刺も沢山持ってきて」って言われて200枚くらい持っていったんだけど、1日15万人集まるような規模のフェスで、会場以外にもあちこちで夜な夜な様々な集まりが開催されていて、あっという間になくなってしまった。

アジアのソニーやユニバーサルといったメジャーなレコードメーカーの重役をはじめ、インディペンデントの人たちともたくさんつながることができた。

15th Year Edition of Java Jazz Festival ティザー映像
インドネシア・ジャカルタを代表する大箱クラブ「Colosseum」

東南アジアの音楽家は才能やスキルも高いし、シンガーは英語と言う世界共通語で歌う術にも長けている。正直、日本はダンスミュージックシーンも一般的な音楽シーンも5年から10年は遅れてしまったと思う。 

理由のひとつに、東南アジアの音楽家は海外に出ていかないと食べていけないというのがあって、マニラでは売り出そうとなったシンガーはアメリカ人のボーカルトレーナーから、1年以上発音のトレーニングも受ける。

そもそも公用語が英語のところも多いしね。だからシャリースから現在のジャーニーのボーカル、アーネル・ピネダ(フィリピン出身)のような人がポンと出てくる。

アーネル・ピネダの歌唱による「Don’t Stop Believin’ 」ライブ映像

DJもエージェントが才能を発見したら、まず時間をかけてスキルだけでなく英語力からソーシャル力を磨く。その後、例えばイビザの平日のパーティのレジデント契約を取って、ヨーロッパの就労ビザを取得する。そうしたらヨーロッパ各国のクラブで週末のオープニングをやらせてやがては有名なEDMフェスへの出演を狙う。そんな戦略をエージェントが真剣に1つ1つ考えている。

アメリカのトップ40に入る音楽を作るため

日本では知られていない状況も多々ありそうですね。 

物価の面にも表れていて、先月シンガポールに行ったとき「東京は何でも安くていいですね」とまで言われたんだよね。実際、郊外の1LDKで家賃が日本円にして18万円くらい、都心だと30万円、40万円、クラブに入るのに5,000円くらい取られるし、ドリンクを頼んだら2,000円近く取られるよ。 

彼らは、既に東京を物価の安い都市として見ているんだけど、反面われわれは未だになんとなくイケてる気持ちになっている。もう大きな間違い。

将来に向けてWatusiさんが目指しているところはどのようなことでしょうか。

僕たちの子どもの世代には間に合わなくても、孫の世代にはなんとか世界に向かって音楽で食べていけるような状況にしたい。そのためには世界とつながるしかない。そこでまず、地理的にも近く、日本のことを愛してくれている、しかも世界への進出の仕方を様々トライしている先輩達、東南アジアの人たちとつながりたいね。

現地の音楽家とコライトして、アメリカのトップ40に入れるような音楽を作るための駒の1つにでもなれたらいいなと真剣に思っている。

音楽という共通のキーワードの元、世界とつながって世界に発信する音楽を作る。言葉の壁と飛行機で数時間という距離さえ超えてくれるインターネットがあればできるはずだよ。  

音楽プロデューサーWatusi (COLDFEET)

Writer : 北口大介
Editor:長谷 憲