2022.02.11

Telematic Visionsインタビュー 「コンテキスト」と「ビジュアルイメージ」との相互作用によって生まれる新たなサウンドスケープに迫る

東京とWeb、ふたつのフィールドを拠点に活躍するDJ/トラックメイカーのTelematic Visions。ポップスと電子音楽、そしてアニメ/ゲーム/漫画などのいわゆる“オタク文化”をルーツに持つ彼は、未だイノセントな面影も残す弱冠16歳の青年だ。

小学生の頃よりGaragebandに親しみ、2019年から音楽活動を本格的に開始。ほどなくして自主レーベル〈TELECORD〉をBandCamp上に開設し、これまでに十数枚のシングル/EP作品を発表したほか、Webレーベル〈brutshits〉〈OMOIDE LABEL〉などにも多数の作品を提供。2021年からは《K/A/T/O MASSACRE》などのパーティにも積極的に出演するなど、すでにキャリアや出自を感じさせない独自のポジションを確立しつつある。

そんな中、2021年8月に発表された待望の1stアルバム『bluespring』は、cosgasoによる青々と輝く空と白い雲、そして画面上でこちらを優しく見つめる儚げな少女のアートワークが添えられた15曲入りの大作だった。そこにはデジタルネイティブ世代ならではの感覚で、「音」と「それ以外のイメージ・感覚」が相互的な影響を与え合っていることが感じ取れる。どのように現在の作風が形作られたのか、その歩みを探るべく、隔離の時代の中で青春を送る氏に初のインタビューを試みた。

『bluespring』アートワーク

架空のサウンドトラック『bluespring』が誕生した背景

まずは『bluespring』の制作背景から伺っていこうかと思います。全15曲・57分という大作を生み出すことになった理由や背景、リファレンス、制作環境などをお聞かせください。

『bluespring』は「架空のサウンドトラック」をコンセプトに作ったアルバムです。元々、アニメやゲームなどのサントラがすごく好きだったこともあって、音楽を作り始めた頃からそういう表現をずっとやってみたくて。だから、あのボリュームであることを前提に制作したアルバムですね。制作中にはアニメ『〈物語〉シリーズ』や(ゲームブランドの)Key作品系のサウンドトラックをよく聴いていました。

制作時の環境は、Ableton Live 10とRoland JD-Xiをメインで使っていて、音源はプリセットのものとフリーのプラグイン、それとドラムのサンプルパックを少し使っているぐらいです。ボーカロイドなども持っていないので、歌モノにはピッチベンドした自分の仮歌を使っています。

サンプリングもしますが、基本的には怒られないレベルに分解したり、自身でサンプルパックのパラメータを調整したりと、原音の加工にこだわっています。あとは、気持ち悪くならないレベルにピッチのチューニングを変えて、440Hzからあえて外れてみたりもします。

決してHi-Fiとは言えない環境でああいった作品が生まれる、という事実に魔法を感じます。制作中はサウンドトラック以外にどういった作品を見聞きしていましたか?

Kabanaguさんの『泳ぐ真似』とか、その流れで(編註:Kabanaguが影響を公言しているバンドの)ハヌマーンを聴いたりしていました。~離さんの『幽霊を見た』もすごく聴いていましたね。これらのEPと違って、『bluespring』は曲数も多めのアルバムなので全然似ては無いですけど、ああいった質感を目指そうと参考にしました。

〜離さんの楽曲にはアンビエント~エレクトロニカなムードの作品も多く、『bluespring』とも近いイメージが想起されますよね。やはり彼からの影響は大きいですか?

そもそも、〜離さんが好きだと仰ったりしていなければ『〈物語〉シリーズ』とかにもちゃんとは触れてないですからね(笑)。最初に知ったのはseaketaさんの運営しているレーベル〈Kumo Communication〉から配信されていた『都市水文』という作品で、そこで「この人は凄いな……」とただただ感動した記憶があります。

ピッチシフターと電子音楽、Garagebandとインターネット

では一旦『bluespring』以前の活動に立ち返り、音楽活動を始めてみようと思った動機などについて伺っていければと思います。そもそも、音楽を好きになったきっかけは?

昔から両親共に音楽が好きで。父はYMOとか矢野顕子とかその辺りを、母は小沢健二とか渋谷系の音楽をよく聴いていました。昔は(アラーム代わりに)「RYDEEN」で起こされていたらしいです。誕生日プレゼントに欲しいものが思いつかなくて、ビートルズのベスト盤を買ってもらったりもしました。

環境的な刷り込みみたいなものがあったのか、そのうち自然と電子音楽へ意識が向いていったんですよね。小学校6年生頃まで「とりあえず電子音楽聴きたいな……」みたいな気持ちがずっとありました。あと、父がギターをやっているのでバンドサウンド的なものに触れられる環境もあったんですけど、安いギターを買ってもらってもエフェクターいじりの方に傾倒していくような感じでした。

ちなみにその頃、一番好きだったエフェクターはどういう種類のものでしたか?

そうですね……結構色々なものがあったんですけど、一番好きなのはピッチシフターでした。ギターを鳴らして途中で押すと音が「グニャ〜ン」となるあの感じが良いな、と。

なるほど……本当に「テクノ英才教育」って感じの生い立ちですね。電子音が生まれつき当たり前のものとして生活にあったし、それが自分でも面白かったと。

そうですね。電気グルーヴの『VOXXX』か何かを5歳とかの頃に図書館で借りたのも大きかったかもです。たぶん何かと間違えてて……(笑)。それがきっかけで、テクノっぽい音や電子音楽を自分から聴くようになったのかもしれませんね。

そのうち自然と「自分でも電子音を鳴らしたいな……」というモードになっていくんですが、そのとき身近にあったのがiPadのGaragebandで。それでフレーズや曲を小学生の頃に作るようになったのが、作曲活動のはじまりですかね。ネットで「音楽 作り方 無料」みたいなキーワードで調べてDTMを始める、みたいな感じです。

5歳で『VOXXX』……ちなみに、その頃作った曲を「自分もどこかで配信しよう」とは思いませんでしたか?

いや、その頃は何も考えていなくて、本当に「音が鳴っているのが面白い」って感じで。機種も小1の頃買ってもらったiPadなので、もうプロジェクトファイルも開けないかも……。

そういえば、作曲をはじめた小5ぐらいの頃、謎にエレクトロニカに惹かれるようになったタイミングがあって。そのとき〈Maltine Records〉のサイトを初めて開いたときの最新リリースが、長谷川白紙さんの『アイフォーン・シックス・プラス』で。それ以来、ネットレーベルの世界にも興味が湧きました。最初はサイトの構造とかも古めでわかってなくて、「本当に無料なの?」みたいな感じで困惑しましたけど(笑)。

’06年生まれが見つめる「ゼロ年代」的イメージと音楽の相関

そんなに早くからマルチネと出会っていたのも驚きですが、初めて見たリリースが長谷川白紙さんの作品というのも凄い話で。そこから、より前の時代に盛り上がっていたネットレーベル系の音楽はどうやって知っていったんでしょうか?

tofubeatsさんが好きで、その関連アーティストについて自分で調べていったのがきっかけですね。他には〈Bunkai-Kei Records〉のことを「NAVERまとめ」で知ったり、〈ceramicrecords〉に辿り着いたり。あと「曲がメチャクチャ長いから」って安直な理由で、MONOLAKEの『Gobi』というアンビエントのEPとか、そこから派生してドイツの〈Basic Channel〉という12インチをたくさん出しているレーベルを見つけて聴いたりしていました。

びっくりするぐらい渋いですね……最高です。そういう自主的なDigを熱心にするようになったキッカケにtofubeatsさんの名前が挙がりましたが、そもそも彼の音楽とはどうやって出会ったんでしょうか?

昔から気になることについて本を読んで調べてみたり、ネットで検索したりするのが好きで。YouTubeとかもよく観ていたんですけど、ある日サジェストか何かで「朝が来るまで終わることのないダンスを」のMVが流れてきて……! そこがきっかけですかね。Corneliusとかも、同じような流れで知りました。そこからは、気になる音楽をドンドン掘っていく感じで。

中学2年生の時点すでに〈TELECORD〉を立ち上げたり、翌年には〈OMOIDE LABEL〉から初の外部リリースとなる『fictional simulated memories EP』をRemix盤と合わせて出したりと、活動スパンが加速していく流れも感じられます。

『fictional~』はだいたい中3の頃だったんですけど、受験期でもあって時間に余裕があったわけではなくて。現実逃避と衝動性由来のもので……。とにかくテンションが上がってるときにたくさん作ってました。〈TELECORD〉に関しては、先ほども言った〈Basic Channel〉とかの12インチの質感に憧れがあって、「ただ音楽が匿名性を帯びた状態で次々と現れて存在してる」みたいなスタイルを自分でも表現したくなったのがきっかけですね。

〈TELECORD〉のBandcampページより。12インチシングルの盤面を模したアートワークが並ぶ

『bluespring』へと話題が戻りますが、ジャケットの質感もかなり印象的でした。cosgasoさんへの依頼を考えたきっかけやキャラクターの設定など、バックストーリーも気になるところです。

Twitterで見かけたイラストがとにかく素晴らしくて、この人しかいない! という感じでオファーしました。「アルバムのジャケどうしよう……」とTwitterであたふたしていたら、ありがたいことにcosgasoさん側からご連絡いただいて。そこで初めてやり取りをして、アートワークを依頼しました。

依頼時には(Keyのノベルゲームの)『Kanon』のサントラをリファレンスとして共有して、「“bluespring”というタイトルなら青!」という共通認識もあったので、特に細かなディレクションはせずお任せしました。それで(ノベルゲームの画面のように)周りの枠があったり、ああいうタイポグラフィになっていたりして。キャラクターの設定とかは……まだわかっていないですね。自分に「恋愛してみたい」って気持ちがどこかにあって、それが現れてるのかもしれませんけど……。

制作風景。ラップトップの上には『Kanon』サウンドトラックCDの姿も

続くシングル「fictitous」でも同じくcosgasoさんがイラストを手掛けていますが、こちらでは完成した世界観の絵をThinkpadの画面上に投影し、その様子を撮ったものになっていますよね。どういったイメージのもと、このアートワークを作ったのでしょうか。

「現実と虚構の距離」をテーマにして作ったトラックなので、PC画面を架空の世界に見立てて、それを現実世界から見つめるようなイメージを意識しました。あとは、歌詞を書いているときに「熱にほだされてる感」を想像したり、デモ版で(やはりKeyのノベルゲームの)『AIR』の画像を使ったり、そういう気持ちが込もっているのでは……と思います。

『AIR』は三層構造の物語で、最終章「AIR」編では主人公は結末に干渉できない存在として描かれますよね。そういう文脈も加味されていますか?

そうですね、正にその感じで。ジャケットの元絵を見たり、毎日猛暑の中を過ごした体験だったり、聴いてくれている人がちょっと増えたりと、色々な体験が集約された日記のようなマインドで作曲をしている節があるので、個人的な感情も込められているかも。

「ルーツが自分にないもの」で自分を表現したい

「日記のようなマインドで作曲をしている」ということについてもう少し教えてください。

本当に短絡的な感覚で、「今こういう気持ちだからこういうテンションの音楽を作ろう」、みたいな感じで作曲することがよくあります。とにかく毎日DAWを触ってはいるので、そうでない気分のときでも、無意識的に日記文学を書くような形で気持ちを込めている、というか。それですぐ曲が出来上がることもありますね。あとは、適当に没にした曲も後々から「うわ、こういう気分なのわかるな……」みたいな感じになったり。言葉より音楽のほうが、気持ちや感情が伝わりやすい気がしているので。

作曲以外のポップカルチャーが、そういったマインドにどう関わっているのかも気になりますね。Telematic Visionsさんの作家性とオタクカルチャーの関係はやはり浅くないと思われますが、ハマったきっかけはありますか?

オタク文化の入口になったのは小4ぐらいの頃にたまたま妹の付き合いで観た『カードキャプターさくら クリアカード編』かもしれないですね。特に集中して観ていたわけでもないんですが。

あとは、自粛期間中に「初月無料だから」という理由でdアニメストアに加入して、そこで『ひぐらしのなく頃に』とか『ちょびっツ』とか、観たかった作品を片っ端から観てたらオタクが加速しちゃって……って感じですね。

そこで『ちょびっツ』の名が挙がること自体が衝撃的ですし、シンプルに謎が残る部分でもありますね……。

『ちょびっツ』に関しては、Porter Robinsonの《SECRET SKY MUSIC FESTIVAL》の演出で映像が使われていたので、元のアニメをずっと観たかった……というのが理由ですね。

ああなるほど! すごく納得できました。フィジカルのDVDやCDなんかもお好きですよね。

自分がオタクになる前から、とにかくBOOKOFFに通っていて。特に小学生の頃とかってお金もないので、100円漫画をチラ見したり、買わなくても背表紙やイラストの感じを覚えていったりして。『らき☆すた』のDVDの2巻だけを買ったり、『田中くんはいつもけだるげ』を知ったり、みたいな……。なので、最新のものではなく、自然と少し前のものに触れて育ったのかもしれません。

これは音楽でも感じるんですけど、そもそも時代性みたいなもの、年代みたいなものでの区分意識が希薄で。2000年と2010年ぐらいの作品って、同じ感じに見えるんですよね。

本人収蔵のCD・コミックスなど。フィギュアは『らき☆すた』の柊かがみと『あの夏で待ってる』の谷川柑菜だ

そういったアニメの原体験が今の「サウンドトラックへの興味」に繋がっている感覚はありますか? ジャンルを横断する感覚などにも。

それは確かにあるかもしれないですね。昔から、結構BGMとかに注意が向かうこともありましたし。

アルバム『bluespring』はそういった原体験とこれまでの足跡が刻まれたような作品でしたが、今後はどういった表現に挑戦したいですか?

今、友人が『ゆめにっき』みたいなゲームを作っていて。その音楽を担当します。あとは遠い目標ですが、アニメのサントラや劇伴の制作は、何があってもいつかやりたいですね。歌モノのEPも作りたいんですけど、マイクが壊れたので一旦お休みで。

あとは、それこそ振り切れたナードコアみたいなことも、12inchの硬派なテクノみたいなこともしたくて。MIXでも作曲でも、「ルーツが自分にないもの」で自分を表現してみたいんですよね。

自分にないルーツとは、それこそ例えば時代性やいわゆる「現場感」のような体験や記憶を抜きにしたもの、ということでしょうか。

そうですね。さまざまなシーンの中の共通項を無理やりにでも見つけ出して、少しでも「同じなのかも」と思える点を見つけたいです。

例えばなんですけど、どうしても大人がやるacidみたいな本物の成熟感はまだ出せないわけじゃないですか。ナイトカルチャーとの関わりも年齢的にまだ有りませんし、そういったコンプレックスはずっとあって……。ならいっそ、その方向性を逆手に取って、同じ土俵ではないところでやりたいですね。

あとは、僕は家でずっと音楽を聞いてきたので、大人になってもクラブだけじゃなくてホームリスナーも楽しめる作品を作り続けたいです。もちろんその上で、クラブでも鳴るような音楽を。

2/13にはMALTINE Records × HIHATTのリミックスアルバムへの参加も決定されていますが、「2006年生まれが2005をリミックスする」という行為それ自体がそのスタンスを示しているようで痛快でした。

「2005 (Telematic Visions Hi-Speed Love Romance / Letter to the 05 remix)」という長いタイトルは、昔のソニー系のレーベルから出ていたテクノのような遠大なスケール感を意識したものです。

タイトルでこっそり言ってる感じなんですが、このリミックスには『とらドラ!』や『あの夏で待ってる』みたいな「展開が早いラブコメ」のバイブスを託していて。そして自分がまだ産まれていない、2005年のdj newtownが、今の自分と同じマインドなんじゃないかな……と勝手に想像し、その気持ちに沿う「手紙としての音楽」もイメージしました。

楽しみにしています。本日はありがとうございました。

取材・文:NordOst

Telematic Visions プロフィール

2020年に活動開始。2021年に初のフルアルバム「bluespring」をbandcampでリリース。各方面で話題となる。K/A/T/O MASSACREなど現場でのDJ活動も行い、コンピレーションへの参加やシングル「fictitious」のリリースなど、まだ10代ながら精力的に活動中。

リリース情報

MARU×HHTT-003
dj newtown – 2005 REMIXES

1. 2005 (パソコン音楽クラブ remix)
2. 2005 (Telematic Visions Hi-Speed Love Romance / Letter to the 05 remix)
3. 2005 (uku kasai remix)
4. 2005 (Kabanagu remix)

2022.02.13 Release
https://orcd.co/2005remixes

神戸出身のトラックメイカーtofubeats…の最も仲の良い友人として2008年から活動、数年のみの活動で姿を消してしまったアーティスト、dj newtown。2009年にリリースされたアンダーグラウンド・アンセム「2005」を12年の時を超え昨年遂に公式リリースしたことは記憶に新しいが、その再発プロジェクトに合わせて2/13にリミックスEP「2005 REMIXES」をリリースすることが決定した。

「2005」再発と同じくtofubeats率いるHIHATTとdj newtownの古巣Maltine Recordsの連名でリリースされる本EPには、dj newtownの復活ライブを企画したパソコン音楽クラブ、期待の高校生プロデューサーTelematic Visions、サウンドスケープとエレクトロニックを行き来するuku kasai、tofubeatsのREMIXアルバムに参加するなど徐々に知名度を増すKabanaguといった新世代のベッドルーム発アーティスト達が参加。2009年の2005が2022年の部屋からダンスフロアに向けて再び鳴らされる。

また、同日2/13の0時より細金卓矢監督による「2005」のミュージック・ビデオもHIHATTのYouTubeアカウントで公開予定。