
ラスマス・フェイバーが語る、スタジオ環境や音楽制作プロセスの変化(インタビュー 2/3)
音楽シーンにおいて「音楽ストリーミング」が存在感を示している現在、音楽制作の現場もテクノロジーの進化やツールの活用が激しく入れ替わっている。
AIやアルゴリズムが音楽をレコメンドするようになり、リスナーの好みが常時変化するかつて無い音楽変革期において、現代のクリエイターは音楽作りにどう向きあえばいいのだろうか。
音楽ストリーミングサービス「Spotify」を生んだ国スウェーデンから、世界のダンスミュージック・シーンに向けてユニークなアプローチを展開するプロデューサーのラスマス・フェイバーに、現代のプロデューサーやエンジニアはどこを見ているのか、デジタルツールといかに向き合うべきか、またリスニング環境の変化に対してクリエイターは何を意識すべきか、じっくりと語ってもらった。
今回は、制作環境や音楽制作のプロセスの変化、また最新制作ソフトウェアについて語る第2回をお届けします。
第1回はこちら:
今のスウェーデンでのスタジオはどのような設定なのですか?

以前は僕も大規模なスタジオと機材を揃えていたけど、今は完全にミニマルなセッティングで、MacBook Pro+Logic Proの設定をベースにしている。
以前はビンテージ・サウンドをよく使っていたから楽器が多かったけど、最近の作品ではクリアでピュアな音質を重視しているから、それに沿ったマイクやプリアンプやサウンドカードを重要視していて、ビンテージなサウンドはPC内で作っている。
スピーカーはGenelec 8260、ヘッドフォンは最近SennheiserのHD600からHiFiManのAryaに変更したばかり。
今は大抵の人はイヤホンやヘッドフォンで聴いているから、ミックスをするときはスピーカーとヘッドフォンの両方で確認している。たまにBoseのQuietControl 30を 確認用に 使うときもあるね。
Spliceのようなサービスで、アイデアを音にするまでの時間を大幅に短縮できる
音楽制作のプロセスの変化については、いかがでしょうか? 最近はSpliceのようなサービスを使った音楽制作が人気のようですが。
SpliceやLoopmastersなどのサービスは、ヨーロッパではプロのクリエイターであれば皆当たり前のように使ってる。ループCDが主流だった時も、流行りのサウンドやループを使っていたけど、今はSpliceで人気のドラムサウンドやループを皆が使っているので、昔と変わらないよね。
ただSpliceのようなサービスの利点は、創作時間の短縮効果を高めてくれること。音楽制作は時間との戦いだし、このようなサービスを使うことで頭の中のアイデアをDAWで表現するまでの時間を大幅に短縮できる。
また以前は、ループCDやサンプルデータをまとめて買う必要があったけど、今は特定のサンプルをひとつひとつ選んで買えるから、経済的にも低コストだよね。
他にはどのようなサービスがヨーロッパで人気なのでしょうか?
オンラインマスタリングのサービスが人気だね。例えばLandrのようなサービスを使うプロデューサーは多い。
最近はデモを送る際にも、マスタリング済で完成版に近い状態でレーベルや関係者に送らないといけない。未完成のものを送ってはピックアップされないくらい競争が激しいんだ。だからオンラインマスタリングがデモ音源のクオリティを高めてることが必要になってくる。
デモCDはもはや過去の話ですね。
CDは送らないほうが良いよ(笑)。ほとんどのレーベルはメールの添付ファイルもNGだし、基本デモ音源はオンラインリンクでしか受け付けないから(笑)。
SoundCloudのリンクでしかデモを受け取らないレーベルもあるし、Dropboxやファイル共有サイトを使うレーベルもあれば、独自のデモ提出機能を持っているレーベルもある。だから僕もCDドライブは手放したよ(笑)。
「音圧戦争」の議論は終わっている
エンジニアとして音質の確認はどうされていますか?さまざまなストリーミングサービスやYouTube、ダウンロードストアに配信するという配信環境に変わってきました。
各ストリーミングサービスにはそれぞれ自動で音量を調整する機能があるから、最大音量でマスタリングしたり、ストリーミングサービス別にマスタリングの音量を調整することは基本必要ない。
そもそもプロデューサーやエンジニアの世界では、大きい音が良い音だという「音圧戦争」の議論は終わっているしね。
ただストリーミングサービスでの音質や音量レベルをチェックするツールは便利だね。例えばiZotopeのOzone 8を使えば、ビットレートを設定してプラットフォーム別のコーデックをリアルタイムで確認できるし、Nugen AudioのプラグインMastercheckでは、より多いフォーマットでの確認ができる。
また音量レベルについては、Total Balnce ControlやInsight 2などのプラグインはとても便利だし、あとはLoudness Penaltyなどもシンプルで使いやすい。
若いクリエイターが新しいサウンドを生み出している
DIYアーティストの創作環境の進化が急変してきたため、スタジオという場所での作業や、レコーディングエンジニアの役割も、ドラスティックに変化が求められる時代になりましたね。
特定のジャンルでは今でも、規模の大きなスタジオを使わないといけないジャンルがある。逆に、マスタリングスタジオやレコーディングエンジニアに頼らないサウンドクオリティが好まれるジャンルやスタイルも生まれてきた。
ノイズが乗っていたり音質が歪んでいたりしても、そのままリリースするアーティストが増えたし、それがクールなサウンドと感じるリスナーも増えた。かつてのレコーディングエンジニアが嫌ってきたことを好んでやる若手アーティストやプロデューサーが、新しいサウンドを生み出している。
たまにミックスについて若いプロデューサーから意見を求められることがあるけど、歪んでいてもノイズが乗っていても、「そのサウンドが君たちのサウンドなんだから、エンジニアに頼んでミックスしてもらう必要はないよ」、と答える時がある。
もちろん、レコーディングスタジオやマスタリングスタジオも必要無いわけではないけれど、それ以上に、最近のソフトウェアやプラグイン、デジタルツールが素晴らしく進化してくれたおかげで、古いアナログ・コンソールやハードウェアのクオリティをPCで再現できるようになった。各トラックに同時に使えたりもするし、最新版のものはかなりクオリティが良くなってきている。
Softube Console 1のようなツールが増えたおかげで、ワークフローの問題も改善している。若いプロデューサーがプラグインで特定の時代のサウンドを真似たり、また新しい手法を試したりしていることは、サウンド面での大きな変化だと思う。
トレンドとの関わり方、サウンドデザイン、そしてクリエイターがスキルを磨くためのアドバイスについて語る最終回は、以下よりご覧ください!
Writer : ジェイ・コウガミ
Editor:長谷 憲