
渡辺 翔インタビュー アニソン界きってのメロディメイカーが語る「トラックメイカー的」作詞・作曲術
LiSAの代表曲「oath sign」「crossing field」、ClariSやTrySailが歌う『魔法少女まどか☆マギカ』シリーズの主題歌……数々のヒットアニソンを世に送り出してきた渡辺翔さん。22歳でのデビュー以来、業界でも珍しい作曲と作詞をともに手がけるスタイルで活動してきた渡辺さんは、2018年にボーカルのsanaさん、ソロアーティストとしても活躍するキタニタツヤさんとともにバンド・sajou no hanaを結成。ヴォーカルユニット・CYNHN(スウィーニー)のメインコンポーザーを担当するなど、その活動の幅を広げている。
バンド活動やユニットのメインコンポーザーとしての活動を通じて「自分の中の制限が取っ払われた感覚があった」と語る渡辺さん。長年所属した事務所・スマイルカンパニーからの独立も発表されたこのタイミングで、その作曲・作詞に対する根本的な考え方についてお話を伺うことができた。19歳まで楽器にほぼ触れたことがなかったという驚きのエピソードや、ご本人曰く「トラックメイカー的な」歌ものの作り方など、初心者からプロを目指す人まで音楽クリエイターにとって興味深いお話が満載だ。
作曲を始めて3年で作家デビュー!?
音楽を始めたきっかけ、プロを目指した経緯からまずはお聞かせいただけますか。
もともとはとにかく音楽を聴くことが大好きな人間で、10代の頃から毎週レンタル店でCDを借りて新曲を全部漁るみたいな日々を送っていたんです。それで高校を出る際に、仕事として音楽に携わりたいなと思って専門学校に入るんですけど、最初は宣伝方面の仕事につきたいと思っていました。音を生み出すというよりは、どういうアーティストをつくるか、どう売るかという方面ですね。それで入ってみたら作曲の授業もあって。そこで初めてドレミと鍵盤がどう対応してるのかとかの、作曲の本当に基本的なところを知って、やっていくうちにハマっちゃって(笑)、なんだかんだで22歳で作家デビューするという。
さらっとおっしゃられますが、学校に入るまで作曲経験がなかったというのは驚きです……。コースを間違えて入ったとかでもないんですよね?
まあ、どこかに下心はあったと思うんですよ。承認欲求じゃないけど、自分でも何かできたらいいなと。歌手になりたいとかはまったく思わなかったけど、音楽作りのもっとフロントのほうにいけたらいいなと。それこそ僕がリスナーとして音楽を楽しんでいた頃って、小室哲哉さんしかり、浅倉大介さんしかり、プロデューサーが牽引する時代でもあったので。
「作曲、いけるかも?」って思えたのは、どういったタイミングだったんでしょうか。
授業で基本的な理論だったりを知って、初めて1曲作ってみて――得てしてこういうのって勘違いから始まるものだと思うんですけど――「いい曲じゃん」と思って(笑)。先生が「この特殊なコードを入れて作曲しろ」って言って、ほぼゼロだった自分がその特殊なコードを言われるがままに打ち込んで、その上にメロディを書いたときに、わりとすんなりとその特殊なものを受け入れながらちゃんとしたポップスに落とし込んだものが書けたときに、「すごいね」とほめられたりして、「あれ、もしかしてできるのかな」と。そういう単純なことの積み重ねで今に至っています。
本当にまっさらな状態だったから、フレッシュな気持ちで、出されたお題に合気道的に対応していくことで培われていったと。
そうですね。できるようになるとさらに世界も広がるので。あれもやってみたい、これもやってみたいと、楽しくて学校時間外でもずっと作っていたので。
そのときはどんな機材を使って作られていたんですか。
学校にあった機材とまったく同じシステムを家で組んで家でも作っていました。当時のMacと、Cubaseで。
楽器経験もなかったでしょうから、すべて打ち込みですか?
そうですね、基本は鍵盤でちょっとずつ打ち込んでいきました。でも演奏レベルにまで鍛え上げる感じではなくて。ギターも何度か挑戦したけど、買ってそのままです(笑)。今でもデモを作る際は、ギターにしてもドラムにしても、鍵盤の打ち込みで作っています。
アレンジのように作詞をする
渡辺さんといえば、作詞と作曲を同時に手がけるケースが多いと思うんです。最初からそういう志向性を持たれていたんですか?
意識的に作詞家になろうとは思わなかったんですけど、とにかく歌ものをずっとやりたかったんですね。で、歌ものの世界に入りたければ、歌詞は必須じゃないですか。でも専門時代も、わざわざ歌詞を書ける人を見つけて、意図を伝えて、ああだこうだやるのって個人的にはストレスに感じたし、労力もかかることなんで、とにかくいっぱい曲を書くためには自分で書いたほうが早いと思って。コンペに参加するようになっても、あくまで作曲だけを取りに行くつもりで仮歌詞を一緒に提出していたんですけど、そうしたら歌詞の採用もそのままいただけるようになって。そこから歌詞についても深く考えるようになりましたね。
作家さんだと、お題みたいなものが与えられて、そこに対して曲を書いていくと思うんですけど、渡辺さんの場合そのデザインの中に、作詞も含まれているようなイメージでしょうか。
そうですね。お題に沿った曲をサウンド面だったりメロディだったりで作っていく作業の中に、作詞って普通に入ってくるんです。
これまたさらっとおっしゃいますけど、作曲家としては結構な特殊技能をお持ちなのかなと思うんですよね。それこそ以前Soundmainでもインタビューさせてもらった田中秀和さんもそうですが、曲専門で仕事をしている人が作家さんには多いイメージで。
そこは、自分が編曲を仕事としてやらないというのが大きいかもしれません。デモ自体は入れたい音のイメージをかなり作り込むタイプなんですけど、楽器経験がとにかくなく、すぐ作曲に入っちゃった分、アレンジ面ではどうしても弱いなと思う部分がある。その弱点を埋めるとなると、せめてイントロのメロディの強さをより高めるとか、仮歌さんをより素敵な方にお願いするとかいった工夫が必要で。そういった中で歌詞も武器として高める必要があったんだと思います。
アーティストが歌う曲の場合と、キャラクターソングのような場合とで、歌詞と曲のバランスの取り方などに考え方の違いはありますか。
まず、「いい曲にする」という基本的な軸は変わらないです。キャラソンにしてもアーティストさんにしても、歌唱力って様々じゃないですか。キャラソンを歌う声優さんでもめちゃめちゃうまい人はいるし、経験豊富なアーティストさんでも「このジャンルは難しい」といった場合はある。あくまでその人の歌唱力だったり、表現力に合わせたメロディを書いて、そこからキャラソンだったりアーティストソングに派生していくので……歌詞くらいですかね、違いは。
キャラクターだと、ある種自己紹介みたいな内容になりますもんね。
そうですね。そういう意味ではもしかしたら、キャラソンのほうが僕としてはアーティスティックな歌詞になっているかもしれません。アーティスティックというのは、芸術的という意味ではなくて、「本人の言葉」みたいな意味ですけど。アーティストさんのほうが本来は「心の内」とかを歌うことになってるじゃないですか。でも作詞家としては触れちゃいけない領域もあるので、逆に深すぎる言葉は使えなかったりする。そこは細かく確認をしてバランスをとっているので。
テーマソング的なものはどうですか?『魔法少女まどか☆マギカ』に提供された「コネクト」は、放送前の視聴者と同じ「魔法少女もの」という情報だけがある状態で書かれたと聞きました。それでも後々の展開を知った後で聞いても違和感がないものになっているのがすごいと思っていて。
確かにテーマ曲の場合は最終的にどのレイヤーにも対応できるように、より抽象的に書きますね。キャラソン的な、心の中の深さとは違う方向性の深さを持たせるように意識しています。
キャラソンとテーマ曲の合いの子のような曲ですと、アプリ『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』第2部のグループごとに設定されている「魔法少女勢力ソング」(※)はすごく高度なことをされていると感じます。「ネオマギウス」のテーマ曲とか……。
「イデオロギー」ですね。「ネオマギウス」は新興宗教的な色のあるグループなので、宗教学について調べ上げて「神とは?」みたいな根本的なところから考えて歌詞を書いていきました。他にも「Bulimia」は「過食症」がモチーフになっているんですけど、これがテーマ曲になっているグループ「プロミストブラッド」は主人公たちへの復讐に囚われてしまっているという設定で。その時たまたま精神疾患について調べていて、これは使えるな、と思ったことから引っ張ってきています。音楽に限らず、興味を持ったらつい深掘りしてしまう性質なんですが、そういうところから曲のアイデアが膨らむことは結構ありますね。
※編注:アプリ『マギレコ』第2部「集結の百禍編」では第1部(アニメ化部分)の舞台である「神浜市」の外から複数のグループがやってきて争い合う、魔法少女同士のバトルロイヤル的展開が描かれている。渡辺さんはそのすべてのグループのテーマ曲(魔法少女勢力ソング)の作詞・作曲を手がけている。
メロディメイカーだけどトラックメイカー的な作り方?
音楽を始めた時期のお話からすると、絶対音感とかもないってことですよね?
そうですね、未だに相対音感すら危ういです(笑)。
頭の中で浮かんだメロディを打ち込んでいくときに、昔からピアノをやっていて絶対音感があるる人だったらそのままダイレクトに「このキーを押したらこの音が入力できる」ということができるじゃないですか。それなしに曲を組み上げていくのは難しくないのかなと。
その辺りは経験ですかね。そもそも僕は「頭の中のメロディだけで作曲する」ということはなくて、先にフォーリズム(ピアノ、ギター、ベース、ドラム)を組んでその上にメロを乗っけるという形なんです。何回も自分が作ったAメロだとかを繰り返し聴きながら、自分で鼻歌を歌いながら作っていくということが多くて。鼻歌だとキーが確定してるし、この流れだったらこの音階だよねみたいなパターンを参照できるので、そんなにそこは苦労してないかなと。鍵盤を弾きながら、手癖だったり、突発的に生まれることであったり、そういうのを待って作ることもありますね。
フォーリズムを最初に組んでからというやり方は、あまり人におすすめできないやり方だと過去のインタビューでおっしゃられていましたが、それはどういった理由からでしょうか?
先に組んだリズムに合わせていくとメロディの自由度が奪われるので、歌ものを作る際にはおすすめできないということですね。自分が言うのも何なんですけど、歌ものにとって大事なのはメロディだから。ただ、僕は制約をいっぱい使って作るほうが好きなので(笑)。ちなみにクリエイター同士でもどういう作り方をしてるのって話はよくするんですけど、このやり方は全然いないんですよ。たぶん、作り方自体はどちらかというとトラックメイカー寄りなんですよね。

逆にトラックメイカーの人で、メロディのある歌ものにチャレンジしてみたいという人には参考になるかもしれないですね。
どうですかね? 自分の場合、下地に理論を学ばせてもらったというのは大きいと思います。メロディの行ってはいけない方向だったり、リズム的な制約にさらに理論という制約をつけることができるので、答えも見つけやすい……というのは言い過ぎですけど、「ここにこういうコードが乗っていて、そこからだとこんな動きができるから新しいメロディを探してみよう」とか、そういうことができるので。
逆に制約を取り入れるために理論を学ぶという発想は、目から鱗です。
理論に振り回されちゃダメなんですけどね。僕個人としては自分がそれに助けられてきたこともあって、絶対学んだほうがいい派です。正直、音大で習うような理論までは踏み込めてないんですけど、ポップスで作る範囲と、いわゆるジャズ系のリアルマイナースケールとか、そういうコードのスケールに対しての考え方を学んだら仕事をする分にはだいたい大丈夫になりました。僕が学んだ先生はあくまで作るのを目的とした理論を教えてくれる人だったので、そういう人について学べたのも大きいと思います。
「歌ものを作る」というのがメインのモチベーションとしてあるということだったんですけど、最近のポップスの中心は歌ものというよりは、それこそトラックメイキング的な作り方の、メロディがあまりないラップミュージックになっていたりするわけじゃないですか。そうするとクライアントから求められるものもある種それまでとは真逆の方向のものになることがあると思うんですけど、どのようにアプローチするんですか。
そこは音色(おんしょく)ですね。今の時代はジャンル感よりも音色のほうが強い印象があって、そこのお作法を踏みながら作っていくようにはしています。「この音で鳴っていたら〇〇系だよね」みたいな。いくらチルい感じのを作っても、聴いた人がそうじゃないって言ったらそうじゃなくなってしまう。世の中に出ている自分の曲は、最終的に別の方に編曲してもらっていることが多いですけど、メロディや歌詞を作っていく段階で自分でそこは考えてます。
リズムに関してはどうですか?
そこもジャンル感からの逆算で考えますね。リズム隊も含めた色々な楽器やボーカルの質感やmix、それらが合わさりジャンル感というものが成り立っているので。なんとなくですけど、7割くらいが求められているジャンルの音で構築できたとしたら、他3割は遊んでお題とは違う雰囲気やリズムでも、聴いた人はこのジャンルだねって認知してくれると思っていて。ウワモノでジャンル感とは違う音色を使ったなら、リズムはちゃんと寄せてあげないとなとか。
なるほど。具体的な曲でいうと、アニメ『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON -覚醒前夜-』のEDテーマ曲「Lapis」は、いわゆるEDMのドロップという手法だったり、トラップビート的なハイハットも入っていたり、ここ10年くらいのエレクトロニックミュージックのトレンドを幅広く押さえつつTrySailというユニットの歌う楽曲としても成立しているのがすごいと思ったんですよね。
あの曲に関してはTrySailが歌うということもそうなんですけど、やっぱり『まどマギ』シリーズであるということが大きくて。エンディングはずっと梶浦由記さんが担当されていて、単純にポップスとは言いがたい、重たい曲が多かったじゃないですか。なので自分が担当するとなったときも、暗い世界観がいいなと思って。『まどマギ』感は踏襲しつつ、TrySailが歌って成立するものという意味でジャンル感とかもいろいろ考えたんです。
ただ、もちろん当時の好きなものという意味でおっしゃられたような要素は入れたりしたんですけど、僕としては細かく「トラップが~」とかいうのはあまり深く考えていなくて。発想としてはむしろ、「劇伴で鳴っていて違和感のない作りにしたい」というのが大きかったです。アレンジ時にもそういうリクエストをして、僕のデモを聴いた湯浅篤さんがいろいろと汲み取ってくださって、世の中に出ている形になっているんですけど。
そのお話はすごく面白いですね。最近はラッパーのチャイルディッシュ・ガンビーノにトラックを提供していたルドウィグ・ゴランソンという人が映画『TENET』の劇伴をやっていたりとか、劇伴とポップスの相互乗り入れ的なことが世界的に起きていると思っていて。
日本でも、澤野弘之さんとかはまさにそういう形で作品を発表していますよね。確かに、ここ10年くらいでより劇伴と歌ものが混ざり合っているケースは増えたと思います。いま、サブスク全盛で、エンディングが飛ばされがちな時代なので。自分もここ数年はエンディングはなるべく挿入歌として、本編に食い込んでいてもいいような考えでいつも作っていますね。