
Puhyunecoインタビュー 継ぎ接ぎのサウンド・スケープで歌う異形の初音ミク――「ポスト・ボカロ音楽」の作り手
連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。
第5回目のインタビューはPuhyuneco。2017年より作曲活動を開始し、同年8月31日(初音ミク誕生から10周年)にアップロードされた「アイドル」が注目される。また、音楽ナタリーが掲載した「マイベストトラック2020 vol.2 トラックメイカー編」にて、アーティストのworld’s end girlfriendが「akane」を選出したことも話題となった。
美麗なメロディを解体するボーカルチョップや不協和音の交じるコーラスワーク、ブレイクビーツやビットクラッシュなどの壊れた音像を駆使した異形のソング・ライティングに、これまで多くのリスナーが圧倒されてきた。今回はPuhyunecoがどのように音楽と向き合っているのか、またボーカロイドとの距離感について、そして今後の展望についてもたっぷり話を伺った。
学校をやめて音楽を漁りはじめた
Puhyunecoさんが創作を始めたのはいつ頃からでしたか?
ずっと絵を描いていて、小学生の頃は漫画家になりたいと思っていました。それから16歳になった頃に学校へ行けなくなって、時間ができたので音楽を作るようになりました。今も視覚的なもので音楽を捉えているところがあって、それは創作の原体験が絵にあるからだと思っています。
これまでリリースされた音源のジャケットもご自身で描かれていますよね。音楽に対する意識が芽生えたのはいつ頃なんでしょうか?
16歳になるまでは特に音楽が好きだった記憶はありません。しいて言えば、当時ポケモンが好きだったので、「ルビー/サファイア」や「ダイヤモンド/パール」のBGMをよく聴いていたと思います。あと、ポケモンのアニメのエンディング曲を鍵盤ハーモニカで耳コピして、放課後に音楽室で友達と弾いたことも覚えています。
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そのタイミングで音楽を聴くようになったのはどうしてなんでしょうか?
学校をやめて暇だったからです。図書館に行って棚の端から端までCDを聴いてみて、その中で好きなものを繰り返し聴いていました。
は、端から端まで……。その中でも好きだったアーティストは覚えていますか?
図書館で出会ったのは、神聖かまってちゃんや平沢進などです。
その頃からネットでも音楽を探すようになって、特に聴いていたのはArcaやworld’s end girlfriendでした。
world’s end girlfriendさんは2020年のベストトラックに「akane」を選んでいましたが、Puhyunecoさんもリスナーだったんですね。こうしたアーティストを聴いて音楽を始めるようになったということですか?
そういうわけでもなくて。誰かのことを参考にするよりも、閉じこもって自分の内側に向かっていくような傾向が最初からありました。音楽を聴く、作るという行為はグラデーションのようにして自然と行われてきました。
とはいえ、さきほど挙げたようなアーティストは、10代の頃に何度も聴いて内面化していってしまったもので。抗えないというか、残り続けているとは思います。
つい最近、Arcaの立て続けのリリースが話題になりましたが、今でも聴くことはありますか?
はい、聴いています。けど、自分が好きだったのは初期のアルバムだったので、あまり聴かないです。
なるほど。最近気になったアーティストはいますか?
去年気になった人だと、yanagamiyukiさんや鈴木凹さんなどです。
あとは、Flatさんという方がテーマごとにSpotifyに入っているボカロ曲のプレイリストをまとめてくださっているのでおすすめです。
自我を剥ぎ取るためのボーカロイド
Puhyunecoさんは初音ミクを使用した楽曲を作っていますが、ボーカロイドのキャラクター性とは無関係な作品を作っていますよね。まず、どうしてボーカロイドを使うようになったか教えてください。
ボーカロイドを使う理由としては、自分の身体性と関係なく声が出せることと、自我というものが無いから何でもやっていいというのが、自分の制作にとってやりやすいからです。
人間のボーカルだと自我とかアイデンティティとかがあって、やりづらい。自分で歌うというのも、そもそも人前に立ちたくないし、自分が消費されていくのが嫌だと感じてしまいます。
SF-A2 開発コード mikiや歌愛ユキなど他のボーカロイドも体験版を落として使ったこともあるのですが、結局お金の問題で、最初にパッケージで買った初音ミクを主に使っています。
合成音声であることが重要で、その中でも初音ミクである必然性はないと。ニコニコ動画だと「ボカイノセンス」などのタグが付くこともありますが、どのように見ていますか?
あまりそういった評価を気にすることはありませんが、音楽として匿名性があるというか、自我の無い状態のものを作りたいと考えています。真っ白で、無の状態というか。
「自我の無さ」というキーワードについてですが、Puhyunecoさんの作るボーカルワークでは、ものすごく強いエフェクトがかかっている箇所と、ほとんど素のままの箇所があります。この両極端なボーカル処理にイノセントな印象が現れていると思うのですが、これはボカロの自我を無くすためのアプローチですか?
それは意図的にやっているというわけでもなくて。自分が作る楽曲だと、CPUに負荷がかかりすぎてしまって……。削るところを削らないと極端な加工というのができないんです。
えええ、そういうことなんですか(笑)。
まともに書き出せないくらいエフェクトを何重にもかけているので(泣)。本当は全部を加工したいのですが、パソコンのスペックの問題もあり、今のところは削るしかないんです。
なるほど……。極限まで加工することで「自我の無さ」を作ろうとしているわけですよね。音楽から自我を排除したい場合、つきつめればインストにするという発想もあると思うのですが、どう考えていますか?
自分の曲にはボーカルが必要だと考えています。
それは、リリックが必要だということですか?
そうですね……。時間の軸があって、可能性というのはたくさんあるけど、そのうちのひとつしか現実って存在していない。その事実に対する否定というのが、自分の音楽に繋がっています。
自分がもし学校に行っていたなら、音楽を作っていなかったはずなんです。だから、音楽を作っている自分というのが幽霊のように感じていて。
ちゃんとした人生から外れてしまった自分への自己否定があり、それをどうにか肯定しようとしている、というのが音楽を作っている大きな理由かもしれません。
「ちゃんとした」というのも捉え方次第かと思いますが……、あったかもしれない他の可能性、つまりパラレルワールドの人生を演じるアバターとしてボーカロイドを使用しているということですね。
補完するために、書くことが必要なんだと思います。
トラックについても、どのようなことを考えて作っているか教えていただけますか。
あまり言葉にできなくて……。イメージなんですけど、たとえば電車に乗っていると窓から景色が流れていくじゃないですか。そういう感じの脳の処理を音楽にしていると思います。あとは夢とか、そういったぼんやりしたものもイメージに近いです。
完成形に近づけていくというより、どんどん曖昧にしていくというアプローチなんでしょうか?
これはもしかしたら、破壊衝動とも近いかもしれなくて。城みたいなものを作っていたとして、もう一つ手を加えたら壊れちゃうな、というところで手を止める、という感じで作っています。
匿名のサンプリング・ミュージック
具体的な制作についても伺っていきたいです。まずは制作環境について教えてください。
ASUSのノートパソコンで、DAWはボーカロイドに付属しているStudio Oneです。DAWやプラグインを変えたりするのが面倒だったりお金がかかったりするので、5年ほど前から環境は特に変わっていません。MIDIキーボードや外付けの機材なども使っていませんし、音の編集さえできればなんでもいいと思っています。
編集というと、どういうことですか?
サンプリングです。コードで使うピアノやストリングスなどは音源から打ち込んでいますけど、それ以外はほとんど音源は使いません。
えっ、ビートもサンプリングですか?
全部、サンプリングです。
なんと……。どうやってサンプルを集めているんですか?
ネットを見ていて、面白いと思ったものをフォルダーに貯めていて。それから相性の良さそうな音を仕分けして、制作の時に切り出していっています。
音って、ビートに使えるものと、上モノになるようなノイズと、メロディの3つにしか分けられなくて。だからそれぞれを別で管理しています。
なるほど……。Puhyunecoさんの曲では聴いたことのない音のドラムが鳴っていたり、音色もパターンもいきなり変わったりするのはそういうことだったんですね。ビートでいうと、たとえば「idol」の序盤に鳴っているポッポッポッポ……という音は何のサンプリングですか?
たしか、水がポタポタ落ちる音です。
「17/alter」だとサブベースも入っていますけど、あれもサンプリングですか?
何かしらのサブベースを切り出してディレイをかけて使っています。もうだいたいどこから取ってきたか覚えていなくて。
純粋に音の種類で仕分けをしていたら、たしかに音が匿名性を帯びていくのだろうと思います。ただ、均整の取れていない音同士を繋ぎ合わせて作っていくのって大変じゃないですか?
最初から均一化されたような音って、自分にとってやりづらいというか、合わなくて。物質ってそもそも均一なものなんてないですよね。人間というのも均一でないと感じます。だから、音楽でもそれを実践しています。
なるほど……。このサンプリング主体の制作スタイルはいつ頃から始めたんですか?
16歳の頃に音楽を作り始めたと言いましたが、その時から打ち込みよりも外から録音したものをDAWで編集して遊んでいました。だから何かを参考にするというわけでもなく、手探りで。
21歳の時にPuhyunecoの名義でリリースをするようになって、その頃にはほとんど今のスタイルになっていたかと思います。
2019年にはAlex GやFloating Points、Kelly Moranなどのアーティストが並んだSpotifyプレイリストを公開していましたが、てっきりこれらのアーティストを参考にしているのかと思っていました。
基本的に聴くということと作るということが別のものとして存在していて。そもそも「こういうものを作りたい」と思っても、自分ができることしかできないので。聴く行為としては内省的な音楽に触れると好きだなと感じるので、このプレイリストはそういった並びになっています。
もちろん、聴いているうちに無意識に影響したかもしれない音楽はあります。思い当たるのは、エヴァのシリーズや三善晃、James Blake、Arvo Pärtなどです。
「akane」のボーカル処理は空間処理から
先ほども話題にあがった初音ミクのボーカルワークに関して、具体的なプラグインの使い方について詳しく伺いたいです。今回は「akane」(※)のボーカル処理を教えていただけますか。
とくにプラグインへのこだわりや知識もなく、基本的にはStudio Oneに内蔵されているエフェクターを使っていますが、多少は追加で購入したものやフリーで入手したものもあります。
「akane」で活躍したエフェクターはImage-LineのVocodexです。あとは内蔵のリバーブやディストーションなども使っています。Vocodexはパソコンを新調したら使えなくなってしまったので、誰か買ってくれると助かります。
(※)「akane」は2019年版と、ミックスを最初からやり直した2020年版があり、EPに入っているのは後者。
結構高いプラグインなんですね……。ちなみに、ボーカルトラックも複数ありますよね。
ボーカルトラックは基本3つ用意していて。メインを真ん中に、残りは左右に散らして、それぞれ波形の編集を行っています。
なるほど。「akane」だとメインのボーカルがわずかに震えていて、不思議な処理をされていますね。
あれは左右の波形にちょっとだけ時間的なズレをもたせていて。その状態から左右まとめてピッチ補正をすると、変な震えが生まれます。その上にリバーブをかけて、ぼんやりした音にしています。
ピッチが高い方のコーラスも変わった音が出ていますね。サイン波じゃないけどシンプルな音で、不協和音で。
たぶん、リバーブがかかった上にピッチ補正をしているんだと思います。基本的に、空間処理したものに対して何かをする、ということをやっています。
低い方のコーラスも、1オクターブピッチを下げてからリミッターで潰して、ディストーションやリバーブをかけ、その状態からまたピッチ補正をかけて持ち上げています。
空間的なズレを持った音をまとめて処理することで、独特の不安定な音像を作っているんですね。これらの手法も手探りで?
そうですね。いろんなエフェクトを重ねて模索しています。
最近はディストーションをかけてからリバーブを乗せた音を作ってみたんですけど、YouTubeにアップすると潰れちゃって聴きにくくなってしまって。DAW上で作った波形をそのまま聴いてもらうことができないということに悩んでいます。
サイトによっても度合いが変わるので、自分が作っているものと100パーセント同じ音楽をリリースする方法を模索しています。
Puhyunecoの“別名義”プロジェクト
これからの活動について考えていることがあれば教えていただけますか?
最近は自分の名前(Puhyuneco)も知られるようになってきたので、新しいことをやってみようと思っています。
おお、何をやるんですか?
とりあえず名前を変えたいと思います。
えっ!? Puhyuneco名義は辞めてしまうんですか?
辞めるわけではないんですけど。ひとまず優先的にやりたいのは過去の曲をまとめてサブスクやBandcampなどに配信することです。Puhyunecoとして新しい曲を作る可能性もあるし、活動は休止せず続いていくと思います。
ああ、よかった……。別名義ではどういったことを?
匿名性を強く打ち出すかたちで、新たなことを始めてみようかと。今までは自分の音源を誰にも使わせていませんでしたが、その名義では使ってもらえるようにするつもりです。ボーカロイドの声そのものの表現というよりも、それが匿名性を持って訴えかけたり、ぼくとの共同名義としていろいろな人やものが流動的に活動したりするような空間を作りたいです。
「空間」として捉えられるような活動を、Puhyuneco名義とは別でやっていくと。
Puhyunecoとしてはひきこもっているので、その名前でコラボワークをしたり積極的にセルアウトすることはありません。自分の無意識や個人に閉じこもったような活動と、人と関わることを目的とした活動を別々でやりたいと思っています。ぼくと何かをしたいと思っている人がいたら、新しく作った名義での活動を期待してください。
他の方とのコラボワーク、ぜひ見てみたいです。それでは本日はありがとうございました。
取材・文:namahoge(@namahoge_f)
Puhyuneco プロフィール
Twitter: @puhyuneco