
Kabanaguインタビュー デジタルクワイアとFuture Coreを接続する「誇張しすぎた」プロデューサーのDTM術
連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】 。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。
第4回のインタビュイーはKabanagu。2018年から現在の名義で活動を開始し、Future Coreやチップチューンなどを主軸にトラックメイカーとして活躍する。2021年にはMaltine RecordsよりリリースしたEP『泳ぐ真似』が人気を集め、アナログ盤のリリースも決定。編曲やリミックス・ワークではtofubeats、長谷川白紙、諭吉佳作/men、mekakushe、PELICAN FANCLUB、虹のコンキスタドールなど、シンガーソングライターからバンドやアイドルまで、多岐に渡るアーティストと共演してきた。
Future Coreというアングラなインターネットカルチャーのユーモア感覚と呼応するような音楽性は、EP『泳ぐ真似』では打って変わってシリアスな作品性へと変調している。今回は、そのシリアスな作品性をサウンド面で特徴づけている「デジタルクワイア」の話題や、これまでの音楽遍歴、そして自身が目指すアーティスト像の在り方まで、様々なエピソードを交えて語ってくれた。
音ゲー少年が楽屋で泣き崩れるまで
音楽を作ろうと思ったきっかけは何でしたか?
小学校から高校まではよくゲームセンターに行っていて音楽ゲームにハマっていたのですが、当時遊んでいた友達の一人がDTMをやっていて、教えてもらう流れになったんですよね。それでFL Studioの体験版を入れて、beatmaniaシリーズ(コナミが提供する音楽ゲーム)の「Evans」という曲のリードシンセを再現してみたのが一番最初です。でもその時は遊びの範疇から出ないうちに飽きちゃって。
決定的だったのは、自分が18歳の時に新宿FACEの音楽イベントに行ったことでした。当時はKawaii Future Bassが好きで、Ujico*(Snail’s House)さんが出るということで楽しみにしていたんです。ところが実際にUjico*さんのDJが始まると、もちろん超楽しかったんですけど、楽しさのピークに達した時に突然、「こんなにすごい曲を作っている人が目の前にいるのに、何もしていない自分は何なんだろう……」と焦りとか恐怖みたいなものが出てきて。自分も音楽をやりたい、ちゃんと作曲を始めなきゃ、と決心したのはこの時でした。
なるほど……。
そのイベントが終わった後、会場の辺りでUjico*さんを見つけたんですけど、もう感情がわけわからなくなっていたので急に話しかけてしまって。「これから自分も曲を作って同じような場所で頑張るから、いつか会ったらお願いします」みたいなことを変なテンションで言ってしまって……。
えええ、マジですか(笑)。その後実際に同じイベントでDJすることもありましたよね。
そうですね。clubasiaの「暴力的にカワイイ」というイベントに出させてもらった時に実現しました。さすがに覚えていないだろうと思いながら「あの時の者です」と挨拶したら、その時のことを全部覚えていてくれていたんですよ。
すごい!
しかも、自分の出番をわざわざ見に来てくれたのも嬉しくて。あまりに嬉しすぎて泣き崩れていたら、楽屋にいた事情を知らない人たちに「マジか」という目で見られたのを覚えています。綺麗な泣き方じゃなくて、感情がめちゃくちゃになってボロボロだったので……。
(爆笑)。音楽の話に戻しますが、音楽を作るきっかけになったのはビートマニアはじめ音楽ゲームの影響があって、Future Bassも聴くようになったということですが、具体的にはどんなアーティストを聴いていたのでしょうか。
音ゲーだと黒魔、かめりあ、猫叉Masterなどのクリエイターが好きでしたね。他にも国内のアーティストでPas’Lam Systemやbanvox、PSYQUI、in the blue shirtなどをよく聴いていました。
自分が作っていた音楽とは違うけど、バンド音楽も高校生の頃からずっと好きでした。ハヌマーン、pegmap、ゆれる、それに一度リミックスをさせてもらったPELICAN FANCLUBもライブに行くくらい好きでした。
邦ロック、しかもオルタナ系も好きだとは意外です。
エレクトロニックとバンドで聴く姿勢が全く異なるのですが、魂レベルで「うおおお!」となれるのは、やっぱりバンドですね。もし10代の頃に一緒に楽器をやる友達がいたら、DTMではなくバンドをやっていたんじゃないかと思います。『泳ぐ真似』でシリアスなトーンになったのは、このあたりの影響が大きいかもしれませんね。
異世界に誘うサウンド「デジタルクワイア」の魅惑
サウンド・デザインについて伺っていきたいのですが、特に気になるのはプリズマイザーを駆使した「デジタルクワイア」と呼ばれるサウンドについてです。どのような経緯でこの表現を使おうと考えましたか?
プリズマイザーに関しては、米津玄師の「海の幽霊」がめちゃくちゃ影響しています。感覚的に自分が一番好きな音で、「これしかないな」と取り憑かれてしまったんですよね。
もともとJacob Collierみたいな多重コーラスが好きだったのですが、デジタルクワイアはまた違うじゃないですか。全く同じ歌い方の声が大量にあって、ボコーダーとも違う質感があって、異世界に意識を持っていかれるような感覚があって……。それが強烈に好きなんですよね。
「海の幽霊」がきっかけになってこの表現を掘るようになって、プレイリストも作っています。この中だと土岐麻子、Bon Iver、Cashmere Catなどが特に好きですね。
これまでKabanaguさんが取り組んできたようなエレクトロニック・サウンドとはまた嗜好が異なるように思いますが、どうしてそこまで刺さったのでしょう?
昔、父親が運転する車の中で流れていたのが、ShpongleとかHallucinogenとかのサイケなアーティストだったんですよね。自分で積極的にサイケを掘っていくことはあまりなかったんですけど、刷り込まれたトリッピーなサウンドからの影響はあるだろうなと。
それに高校時代にバンドが好きだったと言いましたが、思うにプリズマイザーって、テレキャスターをガシャガシャ鳴らしている時と脳の状態が似ているんですよね。プリズマイザーって、自分自身がギターになるようなものじゃないですか(笑)。
なるほど、通常は楽器がなければ人は一人じゃ和音を出せないですね(笑)。
他のアーティストの音楽を聴いていても「この声にプリズマイザーをかけたらどうなるだろう」と考えることがあって。
mekakusheさんの「箱庭宇宙」という曲をリミックスさせてもらったことがあったのですが、最初はリスナーとして聴いていて、声が好きだなあと思っていたんです。でもだんだん本気でプリズマイザーをかけたいと思い始めて、「どこかに公開するわけでもないのですが、プリズマイザーをかけたいので声だけください」という旨のめっちゃ怖いDMを送ったんですよね。
それはマジで怖いです(笑)。
そしたら「リミックスを入れたEPを作る予定があって、せっかくならそこに入れる作品を作りませんか?」と言ってもらって。実際の制作も一人じゃなくて、僕が昔からファンだったemocuteさんと一緒に作ることになって。インターネット・オタク・ドリームがあってすごく嬉しかったんですよね。
“意識を飛ばす”プリズマイザーの使い方
プリズマイザーの使い方について、機材なども含めて具体的に教えていただけますか?
DAWはAbleton Liveで、2017年のMacbook Proを使っています。MIDIキーボードはRolandのA-49というオーソドックスなものを使っていますが、MIDIの打ち込みはマウスでポチポチやることもあります。プリズマイザーはVocalSynth2かHarmony Engineというプラグインですね。
でもプリズマイザーを使っていると言っても、別に難しいことをしているわけでもなくて(笑)。ボーカルにOTTを挿して、VocalSynth2かHarmony Engineを挿して、いらない低音部を切って、もう一回OTTを挿す。高音部が刺さりすぎるようになったらディエッサーで抑えるということもやっています。
エフェクトのかけ方としてはこんな簡単なものなんですけど、自分らしい音になっているのって、MIDIの書き方なんじゃないかと思っていて。
ぜひその辺りを教えてください。
プリズマイザーで鳴らす音高はMIDIトラックで制御できるんですけど、Harmony Engineだとポルタメントをかけることができて。「ド・ミ」と並んでいたら、ドとミの中間を徐々に音程を変えながら鳴らすことができるんです。
それで僕は、プリズマイザーの制御にギターのアルペジオのMIDIをそのままつっこむということをやっていて。ルート音に高音が乗っていくような構造をプリズマイザーに持ってくると、生歌では作れない起伏が生まれて面白いんです。それにポルタメントがかかって、高音に跳ねるところでコーラスがぐにゃりと曲がるんです。
そうすると、意識がどこかに飛ばされちゃうようなトリッピーな音になるんですよね。もっと過剰にやりたいときは、フォルマントを変えたボーカルトラックを複製してさらに重ねることもします。
プリズマイザーで生まれたコーラスがアルペジオの音高を追いかけるようなサウンドが、不思議な聞き心地を作るわけですね。こうしたサウンド作りはどのように学んだのですか?
これまでほとんど作曲配信を見てこなくて、最近になってようやく「これ絶対見たほうがいいやつだ」と思うようになったのですが……。DTMを始めたての頃は、曲にもなっていないデモみたいなものをひたすら量産しまくっていて。普段やらないエフェクト同士を組み合わせてみるなど、とにかく試行錯誤してフィジカルなやり方で音作りは学んできました(笑)。
あとは面白い音を作る友人に聞いてみたり、Twitterで気になった人にDMして聞いてみたり……。でも、作曲配信を見るのが一番いいんじゃないですかね(笑)。
リミックス・ワークは「大喜利みたいな感覚」で
Kabanaguさんはこれまで数多くの編曲やリミックス・ワークを手掛けていますね。特にリミックスについて言えば、ピッチがめちゃくちゃ上がったり曲展開も目まぐるしかったり、「めちゃくちゃやってんな」という過剰さがあります。これらのリミックス・ワークはどのような意識で取り組んでいるんですか?
なんだかんだ幅広くやらせてもらっているんですけど、原曲からどれだけ遠くまでいけるか、というのは共通して考えていますね。とはいえエクスペリメンタルな方向性でもないし、ポップであることは前提になっていて。ポップの枠の中でどれだけぶっ壊せるかみたいな、大喜利みたいな感覚があります。
こういうマインドでやれているのも、MiiiさんがMaison book girlの「karma」という曲のリミックスをしたことが大きくて。「こんなにめちゃくちゃやることが許されるんだ!」と衝撃を受けたんです。これ、マジでヤバいんですよ。
実際にMiiiさんと話す機会があって、「リミックスは大喜利みたいな感覚」という話で盛り上がったことがありました。自分もMiiiさんもお笑いが好きで、例えばですけど、某芸人の定番ネタ「誇張しすぎた◯◯」のような感覚でやっている部分もあるのかもしれません(笑)。
なるほど(笑)。ブートレグとかのインターネットカルチャーって、まさに「誇張しすぎた◯◯」ですね。
そうですね。自分はインターネットに触れ始めたのが幼稚園生の頃だったんですけど、フラッシュとかニコニコ動画とかを経てきて、音MADなんかもめちゃくちゃ見ていて。あれも言ってしまえば「誇張しすぎた」シリーズと同じバイブスがありますよね。
最近ではメジャーで活躍するアーティストからの依頼もあると思うのですが、そこでも過剰なリミックスをしているのがすごいなと思います。
そういう案件こそ、ぶっ飛んだ曲を作りたいですよね。やっぱりメジャーシーンってまだまだ攻めたことをやりづらい構造になっていると思うんです。そういった曲を作る人の居場所はアングラだけじゃないんだ、というシーンへの希望もありますね。
例えばミームトーキョーの「アンチサジェスト」のリミックスでは、共同制作したhirihiriがメジャーレーベルの初仕事だったから、彼のユニークな部分を思いっきり前面に出しつつ、自分も攻めたリミックスを作れましたね。
逃げ道を塞ぐためのマスタリング
これまで話を伺ってきて、Kabanaguさんはインターネットがすごく好きなんだなと思いました。
そうですね、インターネットめっちゃ好きだし、インターネットがなければ今頃どうなっていたかマジでわからないです(笑)。
最近でも音楽を探すのはネットがほとんどなんですけど、画期的なディグり方を見つけて。
教えていただけますか。
例えば「トリッピー」というワードがあったとして、それを他の言語で翻訳したものをSpotifyで検索すると、その言語圏のトリッピーとされる曲にたどり着けて。「インドのポップでサイケなダンス・ミュージック」みたいなプレイリストが出てきたら最高です。さらにそのプレイリストを作っているユーザーもフォローすれば、Spotifyだと今その人が聴いている曲も表示されるっていう。
それはインターネットが得意すぎる(笑)。
他にもYouTubeで再生数100回未満のオリジナル曲とか、知らない子どもがピアノを弾いている動画とか、そういうのばっかり見ていますね……。商業用に整えられすぎた音に疲れるようになってきたのか分からないですけど。
とはいえ『泳ぐ真似』ではマスタリングを外注していますよね。それこそインディーのエレクトロニック・アーティストとしては珍しいんじゃないかと思います。
あれは逃げ道を無くすためという思惑もあって。作曲とミックスまでは自力でベストを尽くせたと思ったのですが、セルフマスタリングがショボくて世間にウケなかったら、逃げ道になるじゃないですか。
実際にマスタリングはkimken studioさんに依頼したんですけど、もともとSoundCloud感が濃かったものがしっかり高品質になって返ってきたので、本当に依頼してよかったんですよね。マスタリングがなければ終わっていたかもしれないです(笑)。
に、逃げ道……。EP制作裏話はご自身のnoteでも書かれていましたが、ものすごく切迫した状況で作ったというのは伺っています。これからは健康的な状態で作品づくりに励んでほしいところですが……今後の展望についても教えていただけますか。
『泳ぐ真似』は勢いでできちゃった作品なので、もうそのフェーズは抜け出して、シンプルにいい曲を書きたいですね。そもそも11分しかないEPだから、ライブもできないんですよ。だから次はアルバムに向けてちょこちょこやっているという感じです。
まだどんなものになるか分からないので、シンプルにいい曲を作りますとしか言えないですけど(笑)。
完成を楽しみにしております。それでは本日はありがとうございました。
取材・文:namahoge(@namahoge_f)
Kabanagu プロフィール
神奈川県在住の音楽プロデューサー。2017年より現在の名義で活動を始め、2021年には初のEP『泳ぐ真似』をリリース。
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https://instagram.com/kabanagu